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『シルクロード旅行(第4章①)』
2006-08-28 Mon 22:41
午前10時半ごろ博物館に行き,新疆ウイグル自治区で発見された古代の遺品や楼蘭で発見された数体のミイラを観る。
楼蘭の美女は,以前日本で見たことがある。
何処で開催されたかは忘れたが,特別展のようなものが日本で開催されたことがあるはずだ。楼蘭の美女の遺体を分析し,再現した蝋人形も展示してあった。歌手のマドンナに似たセクシー系の美人だ。ミイラを観ても,何故か気味悪さを感じない。3000年以上も昔の遺体となると,もうそれは人の死体ではなく,遺跡の一部と受け止めるようになるのかもしれない。

ウルムチ空港午後1時10分発の飛行機に乗って,最終目的地カシュガルへ。フライト時間は1時間半,北京時間午後3時にはカシュガル空港に到着。
タクシーに乗って,宿泊先の色満ホテルに向う。
タクシーの運転手に,色満ホテルはどんなホテルだと聞くと,「カシュガルで一番古いホテルだ。わざわざ何であんなホテルに泊まるんだ。今のカシュガルには新しいホテルは一杯あるぞ。お金払っていないんだったら,いいホテルを紹介するぞ。なに?旅行社に既にお金を払っている?可愛そうに,どうしようもないな。」等々言いたい放題。
西安のときのタクシーの運転手のときと同じ展開,もしかしたら西安のとき同様,何だかんだ言って,いいホテルなのではないだろうか。否,期待はすまい。後がつらい。

20分ほどでホテルに到着。
確かに古いが(このホテルは,かつてロシア帝国時代の領事館の敷地に建てられた。旧領事館も民俗工芸館として現に使用されている。),風格があって(写真①②),なかなか趣きがある。ホテルマンの対応もキビキビしていて心地よい。
荷物を置いて,外に繰り出す。
ホテルから600メートルほどのところに,新疆屈指のモスク,エティガール寺院(写真③)があり,そこまで散歩。
寺院の中に入ると,そこは静寂の空間。頭に白や黒の帽子をかぶったウイグル人が西に向ってお祈りをしていた。イスラム教徒と聞くと,何か得体の知れない危ない人たちというイメージを持ちがちだが,
一般のイスラム教徒は日々真面目に生きる普通の人たちだ(朝早くから,家の周りを掃き清めている。ウイグル人は非常にきれい好きである。)。
20060906142838.jpg
写真③エティガール寺院


エティガール寺院の次は,アバク・ホッジャ陵墓(写真④)。
20060906142508.jpg
写真④アバク・ホッジャ陵墓


ここは,17世紀ごろ新疆南部を支配したイスラム教指導者アバク・ホジャとその家族の墓である。彼の孫娘(香妃)は,清朝乾隆帝に気に入られ,彼の後宮に入ったということである。後に権力闘争に巻き込まれ,自殺を強いられたという悲劇の女性でもある。彼女の遺体はこの陵墓に葬られているという伝説があるが,実際には別の場所に埋葬されているようだ。きっと,後宮に入った後も故郷を思い続けた彼女の一念が,このような伝説を生んだのだろう。

その後は,エティガール寺院付近の職人街へ。
帽子やアラビア風の壷,楽器,指輪やネックレスといった貴金属が並ぶ。ネックレスなどは,なかなか精巧で。金額は,デザインではなく,重さで決める。職人相手の値引き交渉は,困難を極めた。

明日は,カラクリ湖(海抜3600メートル)に行く予定。
ホテルに早めに戻り,ホテルの敷地内にあるジョンズ・カフェで食事をとる。
ここはバックパッカーが情報を求めてやってくる場所。
若い欧米人のバックパッカー達が,コーヒーを飲んだり,ビールを飲んだりしながら,本を読んだり,談笑したりしている。
年配の日本人は,カシュガルでもよく見かけるのだが,曉と同世代或いはそれ以下の若い人達には,何故か出会わない。
シルクロードの旅は,若者には人気がないのだろうか。シルクロードは汽車とバスを乗り継げば,びっくりするほど安い費用で旅行することができる。
今回,曉は幸運にも千載一遇のチャンスを得て,シルクロードを旅行することができた。働き始めると,なかなか長期間の休暇をとることはできない。シルクロードは,時間のある学生時代に行くのがいいのかもしれない。
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