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『シルクロード旅行(第4章②)』
2006-08-29 Tue 22:47
午後9時,ホテルのロビーでガイドのGさん(ウイグル族,推定32歳,知性的な美人)と会い,曉一行はファルクスワーゲン・サンタナに乗ってカタクリ湖を目指す。
カタクリ湖はカシュガルからカラコルムハイウェイを走ること200キロ。パキスタンまで,あとわずか200キロのところにある。カタクリ湖(海抜3600メートル)はパミール高原の中にあり,このパミール高原は6000メートル級から7000メートル級の山が連なることから,世界の屋根とも呼ばれる。
道中,ガイドのGさんは,ウイグル族やカシュガルのことをいろいろ教えてくれた。
例えば,①ウイグル族は13世紀以前は仏教を信仰し,イスラム教の普及とともに改宗したこと,②モスクには女性は立ち入ることはできず,お祈りは家ですること,③男性が亡くなった場合,モスクに運ばれ,葬儀が行われるが,女性の場合は家で葬儀を行うこと,④ウイグル族は漢族と結婚してはならないという不文律があり,多くは見合いで結婚すること,⑤以前ウイグル族の女性は13歳ぐらいで結婚したが,最近は22歳ぐらいで結婚する人も増えたこと(Gさんは27歳で結婚,カシュガルでは超晩婚ということらしい)等々。

カラコルムハイウェイはよく整備されているのだが,それでも途中洪水で路の半分が崩れ落ちてしまっているところや,崖崩れで道の大半が土砂に覆われているところ,雪解け水が路に流れ出ているところ等々,危険なところも少なくなかった。
街でタクシーを拾って行けば,格安の値段でカラクリ湖まで行けるということだが,去年イギリス人女性3人連れがタクシーでカラクリ湖を目指し,途中崖から落ちて亡くなったらしい。少々お金を出してでも,山道に慣れた運転手を手配した方がいい。
カラクリ湖まで,4時間以上かかっただろうか(途中道路工事に遭遇し,1時間以上待たされた。皆文句も言わずにじっと待っていた。なんて忍耐強い人たちなんだ!)。
カラコルムハイウェイの風景は,変化に富み素晴らしい。
燃えるような赤い山(写真①),酸化鉄を含む土質のために山肌が赤くなるとのこと。
羊を放牧するキルギス族(写真②),極寒の冬もキルギス族はパミール高原に留まり生活を続けるそうだ。
荒々しい氷河を抱くコングール山(写真③,標高7719メートル),山頂には雲がかかってよく見えないが,曉が立ってみている地点からでも,4000メートル以上の高さがある。驚きだ。
カラクリ湖に到着。カラクリ湖は少しくすんだ青色。
湖畔からコングール山(写真④)は見えるのだが,第二の高峰ムスターグアタ山(標高7546メートル)は雲で見えない。
山の天気は変わりやすい,残念。
天気がよければ,湖面にムスターグアタ山の雄姿が映り,絶景だったにちがいない。

湖畔を散歩していると,付近に住むキルギス族の人達が,馬に乗って,或いは馬を引き連れて,押しかけてきた。一瞬襲われるのかと思ったが,皆片言の中国語で馬に乗れという。
明日は上海に帰らなければならない。
旅の最後の思い出にと,曉一行は最初に声をかけてきた二人の若者の馬に乗ることにした。
10分5元だという。
馬に乗ると,はるか彼方の自分たちの家を指し,「俺たちの家!俺たちの家!」と言って,駆け出した。
これには,馬に乗りなれていない曉とワイフも驚いた。スピードを落とせというと,ゆっくり馬を引き出したが,彼らの狙いは自分たちの家に招待して,いろんな物を買ってもらおうということらしい。
曉が「ガイドが待っているから,引き返してくれ。」というと,素直に元の場所に引き返してくれた。
ただ,その後,玉で作った首飾りや銀で作った首飾りを出し,買え買えという。金がないというと,曉が左手首につけている腕時計と交換しようという,なかなかしつこい。
「5元(75円)なら買ってもいいよ。」というと,それ以上物を売りつけようとしなくなった(馬を降りたとき,10元でどうかと言ってきたが,,,,)。
馬を降りて,キルギス族の一団から少し離れたところで休んでいると,目ざとく曉一行を見つけた少年が馬を駆ってやってきた(写真⑤)。幼い頃から馬に乗っているだけに,少年の手綱さばきは大したものだ。
カラクリ湖の壮大な景色を楽しみ,再びカラコルムハイウェィを通ってカシュガルへ。
ワイフは疲れたのか,ぐっすり寝ている。
曉は,サンタナの車中で,この旅行記を書く。道路工事に遭遇がなかったということもあるのだが,カシュガル市街には2時間半ほどで着いた。
その時,事件が起こった。
Gさんがカシュガルの日曜バザールを案内してあげるというので,市街中心部を移動中,サンタナが突然動かなくなってしまったのである。
何の前触れもなく,理由も分からない。
Gさんも曉一行も車を押したが,どうにもならない。
しかし,考えるだけで恐ろしい。
もし山中或いは砂漠の真ん中で車が動かなくなっていたら,どうなっていただろう。
灼熱の太陽のもと,カシュガル行きの車が来るのを待つしかない。
あのサンタナは,曉一行を何が何でもカシュガルまで連れて行かなければならないと頑張ったのだろうか。
そう思うと,鉄の固まりのサンタナが,血の通った馬かラクダに見えてきた。
「サンタナ,よく頑張ったな。立派に職務を果たしたぞ。」。

Gさんと曉一行はサンタナと運転手その場に残し,タクシーを拾ってバザールへ。
Gさんに案内してもらった日曜バザール(写真⑥⑦)の名の由来は,かつて日曜日しかバザールをしてはならないと規制されていたためで,実際には毎日人で賑わっている。
Gさんの話によると,カシュガルの日曜バザールは新疆最大で,3800もの店が軒を連ね,日曜日には10万人もの人で賑わうらしい。今日は,月曜日だが,それでもかなり人が出ていた。
今日で曉一行のシルクロード旅行は終わる。
最後のバザール,曉もワイフも知人友人,親戚の子供のためのお土産を買った。3800店舗がしのぎを削るだけに,シルクなどのスカーフや衣類,煌びやかな小物がびっくりするほど安い値段で買える。
こんなことなら,ウルムチで買う必要などなかった。

旅の終わりに買い物を楽しみ,ホテルに帰り,新疆最後の夕食。ホテルのフロントの女性に,「新疆最後の夜なんだけど,美味しい新疆料理の店を紹介してくれないか。」と言うと,「ホテルの敷地内のレストランが美味しいですよ。」とのご回答。
そうだよな。
そう返事するよな。ありがとう,お姉さん。
しかし,確かに,ホテルの中のレストランの料理は美味しかった。お姉さんは少なくとも嘘はついていないということか。楽しいことは,あっという間に過ぎ去る。
上海を出発したときは,12日間の旅行はさすがに長いなあと考えていたが,何のことはない。「もう終わり?」と正直思う。荷造りをして,旅の疲れをとるため,今日は早めに就寝。


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