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『黄金週間』
2006-09-30 Sat 14:59
中国には大きな連休が3つある。
一つは,五一(労働記念日)。日本のゴールデンウィークにあたるもので,5月1日から1週間職場も学校も休みとなる。
そして,十一。
これは中華人民共和国の建国記念日。10月1日から1週間休みとなる。
最後は,春節。
これは旧暦の正月。日本では,ゴールデンウィークとは5月上旬の連休のことをさすが,中国では五一だけでなく,十一の連休をもゴールデンウィークと言う。
明日から,その十一の連休。
この連休を利用して,多くの上海人は故郷に帰り,また旅行に出かける。
そして,多くの外地人(上海人は,上海に住んでいない人のことを外地人と呼ぶ。北京人は北京に住まない人を外地人と呼ぶ。)が上海にやってくる。このため,中国国内の観光スポットは,どこもかしこも人,人,人。人の海となる。

朝,ニュースを見ていると,最後にキャスターが国外に旅行にでかける中国人に呼びかけていた。
国外を旅行する中国人は皆中国を代表している。痰を吐いたり,ゴミを所かまわず棄てたり,列に割り込んだりしないようにと。曉が親しくしている(親しくしてもらっている)中国人は皆知性的で,礼儀正しく,素晴らしい人達である。
しかし,街中でニュースキャスターが言っているような状況を目にすることは決して少なくない。
曉は時々,どうして同じ中国人なのに,ここまで立ち居振る舞いが違うのだろうかと不思議に思うことがある。
教育の問題なのだろうか?
中国は儒教発祥の地,日本にしろ,韓国にしろ,礼を重んじるという思想は中国伝来。
中国は13億の民をかかえる大国,時間はかかるかもしれないが,元祖礼儀の国の復活を期待したい。
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『中国のヘアカット』
2006-09-29 Fri 10:23
髪がボサボサに伸び,だんだんと鬱陶しくなってきたので,1ヶ月ぶりに散髪に行くことにした。
上海に来てから,いろいろな床屋を試してみたが,神戸に住んでいた当時カットをお願いしていたYさん(夙川「バスク」)のようにバシッと決めてくれる人はなかなかいない。
そこで,曉は先月からワイフが利用している韓国系美容室に行って,髪を刈ってもらっている。
店はきれいだし,対応も悪くない,それにワイフがVIP会員(1000元のプリペイドカードを購入すると,VIP会員となる。会員とその家族は,料金が3割ほど安くなる。)のおかげで安い。
50元(750円)で一通りのことがしてもらえる。
曉が上海に来て初めて行った店は,カットが15元(230円)だった。
知り合いの紹介で行ったのだが,技術は悪くない。
理容師のお兄さんも人懐っこくて感じもいい。
しかし,往復の交通費が10元。
交通費がカット代の3分の2というのは,少しバランスを欠くように思う。一度行ったきりで,その店にはその後一度も行っていない。

中国人の友人の紹介で,中山公園近くの中国系美容室Yに行ったこともあった。
非常に評判が良いということだったが,髪を切りに行く当日,日本人留学生のSさんから実は問題のある店だと聞かされた。
Sさんによると,彼が上海に来て初めて行った美容室がYで,美容師の勧めに対して適当に相槌をうっていると,カット終了後,1000元(1万5000円)請求されたらしい。
その話を聞いたとき,曉は,これは何を言われても「不要!不要!」と言った方がよさそうだなと心構えをした。

美容室Yに行くと,評判が良いだけあって,店内は広くて清潔。
女性従業員の案内で大きな鏡のある席に坐る。
その従業員は曉の髪をシャンプーで泡立てながら,あれこれと話し始めた。
(再現)
従業員 「お客さん,白髪が結構ありますね。仕事が大変なのですか。白髪によく効くヘアトニックがありますよ。使ってみます。」
曉    「いいよ。特に気にならないから。」
従業員 「この薬は本当によく効きますよ。早めに手当てをした方がいいですよ。」
曉    「白髪が多いのは遺伝や。その薬はいらんよ。」
従業員 「お客さん。お仕事大変でしょ。」
曉    「まあね。」
従業員 「肩が凝ったり,腰が痛くなったりしません。」
曉    「それが,肩も腰も凝ったことがないのよ。」
従業員 「肩が凝っていなくても,マッサージを受ければ,リフレッシュできますよ。」
曉    「今日は髪を切りに来たから,マッサージは要らんよ。」
従業員 「お客さん,肌が荒れていますね。フェイシャルマッサージを受けた方がいいですよ。」
曉    「要らんよ。どうせ,高いやろ。」
従業員 「マッサージを受けた後,受けてよかったと必ず思いますよ。」
曉    「思わなかったら?」
従業員 「絶対思います。間違いありません。私を信じて下さい」
曉    「それなら,マッサージを受けて,僕が良かったと思ったら,お金を払うけど,少しでも不満があったらお金を払わないけどいい?」
従業員 「それは,ダメです。・・・・」

そうこう話をしているうちに,曉の頭は泡だらけになってしまった。泡を洗い流すところに移動し,洗髪してから元の場所に帰ってくると,先ほどの従業員が別の場所に案内しようとする。
曉が何処に行くのと聞くと,真面目な顔をして

「フェイシャルマッサージ」。

なかなかしぶとい。

曉には何を言っても無駄だと思ったのか,従業員の態度は急に悪くなった。店の隅の少し薄暗い席に連れて行かれて,その席に坐れと言う。
すると,美容師というよりは,床屋のオッちゃんという感じの寡黙な男性がやって来て,黙々と曉の髪を切り始めた。
さっきまで,あれこれ煩かっただけに,これで落ち着いて散髪をしてもらえると,曉は目を閉じて休むことにした。
すると,オッちゃんがおもむろに何か液体の入った小さなガラス容器を取り出して,曉に言う。
「この薬は少し頭につけるだけで,頭皮の状態が本当に良くなるんだ。抜け毛にも効くよ。」
結局,美容室Yに支払ったお金はカット・シャンプー代の35元(530円)のみ。
それにしても,美容室Yの売り込み攻勢はSさんの言うとおり執拗を極めた。
きっと美容室Yの従業員の給料は低額の基本給+歩合給なのだろう。駅近のロケーション,カットの技術,悪い店ではない。
しかし,曉は心に誓った。二度とYには行くまいと。
ただ普通に髪を切ってもらいたいだけなのに,店を出る時にはクタクタだ
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『クラスでの自己紹介』
2006-09-25 Mon 16:48
クラスメートのW君から携帯に,午後6時から207号教室にてクラスメート間の自己紹介をするので,来て欲しいとのメールがあった。
先週金曜日,老体に鞭打ち綱引き大会に参加したが,今回も参加。
留学生ということで,自分の出番は最後になることは分かっていたが,いつまでたっても自分の出番が回ってこない。
何故か?
中国人研究生は男女問わず皆饒舌で,一人一人のスピーチが長いのだ。
中には,これまでの苦労を語り,涙を流しながら華東政法学院で勉強できる喜びをクラスメートに訴える者や,漫談師さながら冗談を連発して笑いをとる者もいる。
曉は,どうしたら彼らの印象に残るスピーチをすることができるのかと考えた。
言葉のハンディキャップがある以上,他のクラスメートと同じように,あれこれと面白い話を展開するには無理がある。何を話そうかと考えているうちに,いつの間にか曉の出番となった。
曉の自己紹介に先立って,司会の女の子が,やれ日本の弁護士だとか,やれこの間の綱引き大会で活躍したなどと言って,他のクラスメートに簡単な紹介をしてくれた。

(再現)
「皆さん,こんにちは。長時間,自分の出番を待つ間,ずっと緊張していました。こういうことは,あまり心臓によくありませんね。(笑)」
まずは笑いを取ることができた。順調な滑り出し。
「大学を卒業した後,大阪で働いていました。皆さん,大阪は知っていますか?」
皆,知っているとの返事。反応はすこぶる良い。
「一年半ほど前に,中国で法律を勉強したいと考え,一年前に仕事を休んで中国に来ました。趣味は旅行です。幼いころから中国の文化,特に古代中国の文化に興味があったので,この夏休みは西安,敦煌,トルファン,ウルムチ,そしてカシュガルを旅行しました。」
シルクロードは,中国人がいつかは旅行したいと考えている観光ルート,「オー!」という声とともに少しざわめく。
「どこも,本当に素晴らしいところでした。皆さんが羨ましい。中国には観るべき素晴らしい場所がとても多いですね。」
「中国に来て一年がたちました。しかし,私の中国語のレベルは未だ不十分です。きっと,今後皆さんにご迷惑をおかけすることになるでしょう。そこで,今,前もって皆さんに言っておきます。『申し訳ない。許してね。』。(笑)ありがとう。」
最後も,計算どおり笑いを取ることができた。
先週の綱引き大会と今日の自己紹介で,中国人クラスメートは曉に対してそれなりに親しみを感じてくれたのではないだろうか。
彼らとは,今後永い付き合いになるだろう。
彼らとの交流を通じで,中国人の思考方法及びその根幹にある文化的バックグラウンドというものを学びたい。
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『綱引き大会』
2006-09-22 Fri 15:09
授業後,この9月に研究院(修士課程)に入学した研究生の綱引き大会があった。
この歳になって,綱引き大会もあるまいとは思ったが,今後中国人のクラスメートの力を借りなければならないことがあるかもしれない。
何人かの中国人研究生とは仲良くなったが,他のクラスメートとは未だあまり話をしたことがない。
先ずは彼らに仲間として認知してもらう必要がある。
そこで,曉も老体に鞭打ち参加。

綱引き大会は,13のクラスによる勝ち抜き戦。
各クラス1チーム,男性8人,女性7人の15人が参加する。研究生(男性)は,中国に限る話ではないが,痩せている人が多い。
曉は生まれつき体がゴツイこともあって,出場選手に選ばれた。試合の際には,各クラスのエースが最前列に陣取るのだが,当初曉が最前列に陣取ることになりかけた。
しかし,エースはやはり中国人であるべきだ。曉は丁重に辞退し,逆に背が高く,マッチョなクラスメートをエースに推薦した。
ということで,曉は前列2番目のポジションで頑張ることになった。

試合は,三本勝負で,先に2勝したチームが勝ち残る。曉のチームは,一回戦,2連勝で一気に勝負を決める。
二回戦は初戦を落とすも,その後2連勝で逆転勝ち。
勝つたびにチームの仲間とハイタッチ,声をからして応援してくれているクラスメートとも肩を叩きあって勝利の喜びを分かち合った。
三戦目は,準決勝。
既に握力はない。背中や腰の筋肉にも張りを感じる。ふくらはぎにいたってはピクピクと痙攣している。クラスメートは20代と年こそ若いが,体を鍛えている人は少ない。
彼らも顔には出さないが,相当疲労が溜まっている様子。
準決勝は,激闘となった。
初戦,いつ勝負がつくのかという持久戦が繰り広げられるも,負ける。
二戦目,試合開始とともに猛烈に引っ張り,勝利。
三戦目,またもや持久戦となり,接戦を繰り広げたが,最後に力尽きた。
試合を終え,ふと相手のチームに目をやると,後ろの方にとんでもない巨漢がいる。背こそ高くないが,体重は100キロ以上ありそうだ。彼一人で二人分,持久戦になれば強いはずだ。

結局,曉のクラスは,13チーム中3位の成績で,綱引き大会を終えた。試合終了後,助っ人外人の暁は静かに会場を立ち去った。
これでも曉は忙しい。
家に帰って,知的財産法学院の副学院長H先生から依頼された裁判例(日本の裁判例)の要点整理をしなければならない。
今は手に力が入らず,腰に張りを感じるだけだが,明日はきっとひどい筋肉痛に悩まされるに違いない。

「虎穴に入らずんば,虎子を得ず。」,

中国人のクラスメートと仲良くたるためには,それなりの努力が必要だ。
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『S弁護士邸訪問』
2006-09-21 Thu 14:45
今日は曉と同じく華東政法学院に留学しているS先生邸で食事会。
これは,大阪市立大学に留学しているHさんが上海の法律事務所研修を終え,故郷に一度戻ってから大阪に帰るため,S先生が企画したもの。
曉も招待を受けたために,ワイフと一緒に参加。

Hさんは,上海の大学で2年間日本語を勉強した後,日本に留学し,現在大阪市立大学の博士課程で独占禁止法を学んでいる。彼女は,昨年,中国の司法試験にも合格したので,将来は上海で律師として働くことを考えているとのこと。素晴らしい。
曉一行は,午後5時半に家を出て,タクシーに乗り先生が住む古北地区に向う。
この古北地区は上海の日本人街で,街は整然としていて美しく,日本食なども豊富にそろっている。上海在住の日本人であれば知らない人などいない高級住宅地である。S先生は元々語学留学先の大学の近くに住んでいたのだが,子供の幼稚園の関係で,この夏古北地区に引っ越した。
S先生の通学はかなり大変になったとのことだが,奥さんのAさんの負担はかなり減ったようだ。やはり,最後に勝つのは女性らしい。

午後6時過ぎに古北地区に到着,手ぶらで行くわけにもいかず,ある洋菓子の店でケーキを買い,S先生宅へ。
S先生宅はとにかく広い,床面積は130㎡もあるとのこと。
これで月々の家賃が10万円ほどというから,驚く。
聞くところによると,日系企業の駐在員は広くてきれいな高級マンションに住み,人によってはお手伝いを雇い,日本にいた時には考えられないような優雅な生活をしているらしい。駐在員の奥様の中には,上海での生活があまりに快適(家事と子供世話は全てお手伝いさんがやってくれる)なため,日本に帰りたくなくなる人もいるようだ。
ワイフのクラスメートの韓国人(韓国企業の駐在員の奥様)も同じことを言っているという。上海では,1時間150円ほどでお手伝いさんを雇える。お手伝いさんを使う快適さを一度味わうと,なかなかもとの生活に戻れないようだ。

S先生宅では,奥さんのAさんの手料理をご馳走になった。四ヶ月前にもご馳走になったのだが,Aさんの中華料理のレパートリーは確実に増えている。
今日は楽しいひと時を過ごすことができました。S先生,Aさん,Hさん,謝謝!
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『中国留学案内④』
2006-09-20 Wed 15:55
北京語言大学では,午前の授業が終わると2時間の昼休みがある。
最初はクラスメートと一緒に過ごしていたのだが,ある時,時間をもっと有効に使えないかと考えた。そこで,週7日のうち4日間,昼休みの後半の一時間を利用して,中国人と一緒に勉強することにした。

かつて北京語言大学に留学していた大学の後輩Tの紹介で知り合った日本語学科のCさんに家庭教師を紹介してもらうことにしたのだが,そのときCさんは曉に
「補導(家庭教師の意)は,やはり女性の方がいいですか?男性でもいいのですか?」と聞いた。
というのは,留学生が中国語の家庭教師を探す際,男子学生の場合,可愛い或いは美しい中国人女性を探す人が少なくない。
特に20歳前後の学生の場合はその傾向が顕著である(その気持は分かるが,,,,)。
Cさんは,そうした事情を知っているため,曉も可愛い女子学生を探していると考えたようであった。
しかし,曉は
「僕が求める家庭教師は,一に日本語が分からない人,二に優秀であること,三に標準的な普通話を話す人であること。別に交際相手を探しているわけではないから,男性でもいい。」(家内が喜びそうな模範解答である。)と答えた。
すると,CさんはC君という対外漢語学科(外国人に中国語を教える方法を研究する学科)のとびっきり優秀な学生を紹介してくれた。
彼は,難解な文書も,その文化的,社会的背景にも言及して分かりやすく説明し,日本人が苦手とする「r」の発音や「‐n」と「‐ng」の発音の違いを繰り返しチェックしてくれた。
C君とは,曉が上海にきてからも親交が続き,なにかとメールで連絡をとりあっている。偶に意味がよく分からない中国語に遭遇したときなど,彼にメールすると即答で回答が返ってきたものである。
そのC君も,今や奨学金をもらってアメリカに留学し,とある大学でメディアの勉強をしている。彼のことだから,近い将来,何処かのテレビ局や新聞社で大活躍するに違いない。

中国に語学留学する場合,学校の授業だけでは不十分である。
やはり,いい家庭教師を見つけて,会話やヒアリングの練習をすることが中国語の上達には不可欠であるように思う。
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『中国留学案内③』
2006-09-19 Tue 15:50
北京時代の曉は,毎日のように中国人と会話の練習をしていた。
知り合った中国人学生の中には,流暢な日本語を話す人もいたが,そうした学生と話をする時は,日本語を使わないでくれと頼み,中国語で会話をした。
きっと最初の頃の曉は
「私,食べる,ご飯。きっとオイシーね。あなたも食べるあるか?」
といった無茶苦茶な中国語を使い,彼らに頭の痛い想いをさせたに違いない。
しかし,そのおかげで3ヶ月たったころには,簡単な会話は特に問題なくこなせるようになった。
ちょうどその頃,家内と家内の両親が北京に来たのだが,どうにか面目を保つことができた。
語言大学の朋友,謝謝!

今年2月からは,上海の華東政法学院で中国法の勉強を始めたのだが,北京時代に比べると,中国人と会話する機会が減った。
どうしても中国語で書かれた法律書等の本を読むことが多くなるためである。
あるとき,華東政法学院の研究生である友人のD君とお喋りをしていると,彼が「君の表現は,正確ではあるけど,すこし変だ。中国人が話し言葉として使わない書面の言葉が混じっている。」というのである。
中国語には,口語という話し言葉と書面語という書き言葉があって,同じ意味の言葉でも,口語として使うものと書面語として使うものに区分されることがある。
中国人とお喋りをする機会が少なくなると,この区別が曖昧となってしまうのだろう。
曉が発した言葉は,D君の耳には
「近時,旅行の計画を立案した。幼少の頃から,シルクロードに興味を抱き続け,遂に夢が叶うのである。」というように非常に堅苦しく聞こえたのかもしれない。

習いたての外国語は,油断をするとすぐに忘れる。
外国語の習得は,やはり容易ではない。

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『イングリッシュネーム』
2006-09-18 Mon 10:23
曉はこの9月から会計士のM先生の事務所でお世話になる一方,華東政法学院の修士課程にて中国法を勉強することにした。
入学手続の際,自由に授業を選択していいと説明を受けていたのだが,仲良くなったクラスの班長に「自由に選択できるのは二年目以降で,一年目前期は5科目の必修科目をとらなければいけないよ。」と言われる。
始業早々に一発張り手をくらったようなものだが,曉は「おいおい,聞いてねえぞ。またかよ!」と心の中で叫ぶも,10秒も経たないうちに「悩んでも仕方がない。今何ができるかを考えよう。」と頭を切り替えた。
中国に来て既に1年。少々のことでは焦らない。

曉が所属するクラスの必修科目は,科学社会主義思想研究(中国人研究生は毎年受講しなければならない),基礎英語,物権法研究,法理論講義,そして民法専題研究。
どうも,まず半年間,民法を学び,後半の半年間は公司法(会社法)や知的財産権を学び,2年目からは自分の専門分野を研究することになるようだ。先週の木曜日,物権法の講義に出たが,「財産とは?」とか,「物とは?」とか,基本的なところから講義が始まった。
中国法を勉強する場合,どうしても最近の新法や頻繁に行われる法改正に目がいってしまうが,やはり基本中の基本,民法を理解することが必須。
ということで,曉は,中国民法の本を読みつつ,参考書として我妻栄(中国でも非常に有名。我妻栄の民法講義は中国語に訳されている。)の民法講義を読んで基本を確認することにした。

以前,聴講生として授業に出ていたころは,中国人の研究生(修士の学生を中国では研究生と呼ぶ)は見事にお客様扱いしてくれたが,同じ釜の飯を食う仲間となると,対応がガラリと変わった。
そうした環境の変化の影響だろうか,最近この学校の校風というものが見えてきた。
華政(華東政法学院の略称)は,勉強するもしないも学生の自由というところがあり,これは曉が在学していたころの京大の校風によく似ている。
気に入った!
そういえば,学生時代,若気の至りというか,エネルギーが有り余っていたというか,バイクを乗り回し,サークル(サッカー)の立ち上げに夢中になったこともあったなあ。30歳を過ぎて若気の至りでは話にならない。今回は,エネルギーを効率よく使うことにしよう。

さて,今日だが,朝から学校に行き,午前は科学社会主義思想研究を,そして午後は基礎英語を受講した。
科学社会主義思想研究という授業は,本来中国人研究生のためのもので,日本人の僕が受講しても特に意味はない。
3時間受講した後,教壇に行き,教授に「すこし用事がございまして,授業に出席できないことも多いとは思いますが,お許しください。」と言おうとしたところ,
「(留学生は)聴く必要はないよ。」とスッパとしたご回答。
教授との対話は2秒で終わってしまった。
それならそうと,入学手続のときに教え欲しかった。どの授業が必修なのか事前にきちんと教えて欲しいというのは,日本人留学生の甘えなのだろうか。

午後は基礎英語。
アメリカ人教師がアメリカの法制度について書かれた本を使って英語の授業をする。アメリカ人教師はゆっくり話をするので,ヒアリングに苦しむことはない。
しかし,質問されたときに英語で解答するのが一苦労。相変わらず中国語がでてしまうのだ。この病気は少し時間がかかりそうだ。

この英語の授業で面白いことを発見。
なんと中国人研究生は皆英語の名前を持っているのだ。
欧米人教師は漢字が読めないし,中国名だと名前を覚えにくいということが理由のようだ。
日本人と同じ顔をした中国人が,英語の授業のときだけ,やれ「テッド」だ,「フィリップ」だなどと名乗っているのを聞くと正直違和感をおぼえる。
アメリカ人教師に名前を聞かれた際,曉は「俺は日本人だ!親からもらったこの名前,何が悲しくて「テッド」などと言わなければならないのだ。」などと考え,「TAKUYA AKATSUKI」と答えると,教師は「エッ」という表情,回りの中国人はクスクスと笑う。
案の定,アメリカ人教師は曉の名前を覚えられず,「そこの君」と曉を呼ぶこととなった。

授業を受けながら曉は考えた。
「アメリカ人教師の便宜を考えて,彼が読みやすい名前を考えるとしても,自分の名前と関係のない「ボブ」とか「ジャック」といった名前は嫌だなあ。TAKUYAという名前だから,最初の三文字をとって「TAKKY」なんてどうだ。」と。
帰宅後,ワイフにそれを話すと,
「中国人は知らないからいいかもしれないけど,その名前が日本人に知れたら,大笑いされるわよ。」との指摘。
そりゃそうだ。どう考えてもTAKKYというガラではない。なら「AKATAK」というのはどうだ?
しかし,これもさらなる笑いを誘うことは必至。
欧米人が覚えやすい名前を考えるのも大変だ。彼らに努力してもらえばすむ問題だとは思うが,,。
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『アジア法研究会』
2006-09-16 Sat 10:15
午後2時から約3時間半,華東政法学院交誼楼第二会議室においてアジア法研究会が開催された。
実は,この研究会,2ヶ月前に上海交通大学内の名古屋大学事務所にて開催された(第一回研究会)のだが,その時曉は都合がつかず参加できなかった。今日初めて参加することができた。

この研究会は,北海道大学のI教授を理事長,大阪大学のS教授を副理事長とする日中法律家研究交流協会が主催しており,今後定期的に開催されることが予定されている。
参加者は,日本に留学経験のある法律家,中国で働く或いは留学している日本人弁護士,日系企業の法務関係者。そのため,発表討論はほとんど日本語で行われる。
今回の発表内容は,「日本における『裁判における法形成』と司法改革-中国現代における「法治」論との関係で-」「日本企業の買収」「敵対的買収防衛策について」と主に日本法の問題がテーマとなった。
どの発表も非常に興味深いものであったが,最初の法形成の話がもっとも曉の印象に残った。
その話の骨子は,「日中韓の東アジア三国の法文化の根底には,元を辿れば法家思想,近代以降は国家法主義が存在している。しかし,日本の場合,60年代以降社会構造が変化し,それとともに市民の権利意識がたかまり,各種訴訟が提起された。そして,そうした裁判の中から新たな権利が生み出された(環境権等)。中国も今後,日本と同じルートではないかもしれないが,上からの法ではなく,下から法が形成されるようになるのではないか。」というもの。

研究会の後は,華東政法学院の南側にある中山公園内の花園飯店で懇親会。
この懇親会で,曉は5年ほど前に華東政法学院を退職したZ先生(推定75歳)の隣に坐ることになった。孫のZさん(大阪市立大学に留学経験あり)が研究会後の懇親会に連れて来たということだった。
話を聞くと,Z先生のお爺さんは明冶大学に留学し,お父さんは京都大学に留学し,ご自身はコロンビア大学に留学した法学者,そして息子さんも法学者であるという。
親子4代にわたって法学者,これはすごいとしか言いようがない。
Z先生は京都で生まれ,3歳まで哲学の道の近くに住んでいたらしい。曉も京都に長い間住んでいたので,話が弾んだ。Z先生には,いろいろな話を聞かせていただいた。お年寄りの昔話の中には,宝物が詰まっている。Z先生には,是非またお会いしたい。

今日の研究会の参加者は,皆優秀な専門家。
機会があれば,彼らの前で自分の研究テーマを発表してみたいものだ。準備に準備をかさねた上でのことだが,,。
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『中国人の挨拶』
2006-09-14 Thu 10:11
午後の授業を終え,家に帰ろうと正門に向って歩いていたところ,半年前に知り合ったZ君に会った。
彼も華東政法学院修士課程の研究生。
中国の司法試験は明後日から2日間にわたって行われるのだが,現在彼は弁護士を目指して猛勉強中。最後の追い込みの影響か,Z君の顔色はよくない。

Z君に
「おい,どうだ。元気にしてるか?」
と声をかけると,
「吃飯了マ(口偏に馬)?」(ご飯食べた?の意)との返事。
試験前の苦しさを知る曉は
「そうか,試験前でしんどいのか。すこし飯でも付き合って,励ましてやるか。」と考え,
「よし,ちょっと飯でも食いに行こうか。」と声をかけると,
「試験前だから,あとで清潔な学内の食堂で食べるよ。」(学外の食堂も,一部の店を除き,特に汚くないが,,)とつれない返事。

そうだった,思い出した。
中国語の挨拶が「ニイハオ!」ということは広く知られているが,実は,親しい人に対しては,あまり「ニイハオ!」とは言わない。
「学校に行くの?」とか,「仕事終わったの?」とか,「何処に行くの?」といった呼びかけをするのが一般的。Z君が「ご飯食べた?」と言ったのも,そうした挨拶の一つ。
Z君に
「そうだな,明後日から試験だったな。頑張れよ。」
と励ますと,拳を握り締めてガッツポーズ,二カッと笑って
「絶対,受かってみせる。」と言って立ち去っていった。

日本で,「ご飯食べた?」と聞かれると,
「私はご飯を食べていないんだけど,よかったら一緒に食べない。」という意味に受け取るが,中国ではそれほど深い意味はない。
簡単に言うと,「やあ,元気?」といった程度の挨拶。
だから「どこに行くの?」と聞かれても,「実は,云々の理由で,何処そこに行くところです。」などと答える必要はない。「ちょっと,そこまで。」という受答えでいいのである。中国で実際に生活すると,旅行をしていた時には分からない中国の習慣が見えてくる。
ちょっとした文化習慣の違いなのだが,これが結構面白い。
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『今日も雨』
2006-09-12 Tue 22:47
せっかく,所長一行が上海にやって来たというのに,雨は一向にやまない。
曉は学校の授業に出た後,タクシーに飛び乗って所長一行の宿泊先へ。
本来は上海を代表する名所「豫園」を案内するところなのだが,あいにくの雨。
予定を変更し,お昼は呉江路に行って,名物の焼き小籠包を食べ,その後は宿泊先近辺のマッサージに行くことにした。
Tさんは大の小籠包好き,この焼き小籠包もかなり気に入った様子。日頃口うるさい所長も,この焼き小籠包ばかりは美味いと唸っていた。
呉江路は,豫園のような観光スポットではないため,地元の雰囲気が濃厚。豫園観光ができないための苦肉の策だったが,所長一行には上海の下町を堪能してもらうことができた。

昼食の後は,マッサージ。
夕食までかなり時間があるため,ホテルの近くにあるマッサージ店に行き,足ツボと全身マッサージを2時間にわたって受けた。曉の担当は盲人の男性だったが,かなり腕の立つマッサージ師だった。
所長一行を担当したマッサージ師は若い女性で,どうも力ばかり強く,技術はいまひとつだったようだ。
「かえって体が痛くなった。変なツボを突かれたのとちがうか。」と二人でぼやく。
よかれと思って手配したマッサージ,どうも旅の疲れをとるどころか,逆に疲れさせてしまったようだ。対不起!

夕食は,曉がお世話になっているMコンサルティングのM先生とK先生とご一緒する予定。
午後6時過ぎにMコンサルティングに到着,しばらく談笑した後,全聚徳浦東店へ。
全聚徳にはMコンサルティングのセクレタリーのMさんも同行。6人で楽しく食事。
所長はとにかくツッコミを入れるのが大好きなため,例によって所長と曉との会話は漫才のようになってしまった。場が明るく楽しくなったということで,よしとしておこう。
夕食後は,M先生,K先生,所長一行と或る有名なクラブに行き,Tさんと痛飲することに。
あんなに飲んだのは久しぶり。
酒は百薬の長だが,飲みすぎは要注意。中国に行って,体を壊してきましたというのでは,洒落にもならない。

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『所長再び来臨』
2006-09-11 Mon 22:36
今日は,所長が友人のTさんを連れて上海に来る。
曉は,華東政法学院の始業式に参加したあと,いそぎ浦東国際空港に向う。空港に30分ほど遅れて到着したために,少し焦ったが,空港内は人であふれ,所長一行も入国手続にかなりの時間を要したようだ。
曉が国際線出口をウロウロしていると,見事所長一行と合流。
所長が先ず言った言葉は,
「寒いね。」。

前日,所長にメールで,
「ここ最近,上海は涼しいというより寒いので,パーカーのような上着を持ってきてください。」と伝えたにもかかわらず,
「どうせ大げさなことを言っているのだろう。」と上着を持ってこなかったとのこと。
次回は,ダウンジャケットを持ってこないと凍死しますよとでも言うべきか。そうしたら,薄手のジャケットぐらいは持って来てくれるかもしれない。

今日は天気が悪く,朝から雨。
降り止む気配はない。
観光コースは大幅に変更。リニアモーターカーに乗り,途中タクシーに乗り換えて宿泊先のホテルへ。
その後は,上海一高い金茂ビルの展望台に行って,上海の街並みを眺め,そして地下鉄に乗って新天地へ。
新天地はお洒落なブティックや飲食店が立ち並ぶ,有名な観光スポット。
今日は,この新天地にある「鼎泰豊」という小籠包の名店で夕食。
本来なら,曉が所長一行の夕食に同席しなければならないのだが,午後6時に大学にどうしても行かなければならない用事があったために,ワイフに応援を要請。「鼎泰豊」と上海雑技の鑑賞の案内はワイフにお願いした。
学校の用事をすませ,急ぎ上海雑技の劇場(上海商城)に向ったところ,開演の午後7時30分に遅れること15分,劇場に到着。曉も2年ぶりに雑技を鑑賞した。
上海商城の雑技は,演出がよく練られていて,なかなか面白い。
彼らは小さい頃から訓練を積み重ねたのだろう,その驚異的な体の柔らかさ,バランス感覚には恐れ入る。上海の雑技は中国で一,二位を争うレベルと聞く。初めて上海に来た人には是非雑技を観てもらいたいと思う。

今日はあいにくの雨,雨の上海は簡単にはタクシーを拾うことはできない。
案の定,雑技鑑賞の後,上海商城のタクシー乗り場でタクシーを待つも,1時間半待っても,いつタクシーに乗れるのか分からない。
しびれを切らした曉は通りに飛び出し,通りを走るタクシーをつかまえることにした。
雨の日に通りでタクシーを拾おうとしても,ヘタをすれば40分以上雨に濡れることになる。
とはいえ,所長一行をいつまでも待たせるわけにはいかない。
すると,その想いが天に通じたのか,曉は通りに出るや否や運良く空車を拾うことができた。
何故か嫌がる運転手を説得して,車をUターンさせ,所長一行が待つ上海商城へ。
雑技のあとは,所長一行と軽くお酒を飲むためクラブへ。
Tさんは若干30歳ながら会社の社長。今日ばかりは,Tさんも社長としての重責から解放され,楽しそうに酒を飲む。
T社長,今日はゆっくり寛ぎ,上海をお楽しみください。



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上海一大きい律師事務所
2006-09-07 Thu 23:55
N先生の手配でK先生がK律師事務所を訪問すると聞き,曉も同行。
K律師事務所は弁護士数180人,支店を北京と広州にも展開しているという。
対応していただいたL律師は流暢な日本語を話す方で,中国の訴訟制度に対する我々の質問に対し丁寧に答えてくれた。
興味深かったのは,和解。
中国の裁判所では,日本のように最初から和解を勧めるということはなく,証拠調べ等一通り手続が終わって,さあ判決という段階になって,裁判官は当事者に対し和解の意思があるかどうかを聞く。
もっとも,離婚訴訟の場合には,中国には離婚調停がないこともあってか,早い段階から当事者に和解の意思を聞きながら手続をすすめるようだ。

午後2時以降,K先生は上海観光。N先生,C先生,そして曉は既に予定が入っていたため,お付き合いできず,S先生がK先生を接待。豫園を案内することになった。

K先生と夕食をともにできないのは残念だったが,今夜は中国人律師のC先生と会食の約束をしていたので仕方がない。
C先生と会食する時は,必ず会食の前にゴルフ練習場に行ってひと汗かくのが定番。今回もまずゴルフ練習場へ。
5月,6月のころは,月一回のペースでC先生とゴルフ練習場へ行っていたのだが,上海の夏は蒸し暑い。とてもゴルフクラブを握る気にはならない。
C先生との会食,そしてゴルフの練習も3ヶ月ぶり。

1時間ほど練習しただろうか,適度に汗をかいて気分爽快。その後は,ゴルフ練習場の近くの上海料理の店へ。
C先生は友人とのゲームで11月末までに5キロ減量しなければならないという。何でも集中的にやろうとするC先生は最近あまりご飯を食べていないらしく,フラフラ。
親切な曉は「3ヶ月で5キロということは,1週間で500グラム。運動しながら,ゆっくり落としたほうがいい。無理をしても続きませんから,今日は楽しく食べて,飲みましょう。」と助言。
C先生は久しぶりに肉を食べ,ビールを飲み,ご機嫌の様子。今日の会食のために,C先生の課題は5キロの減量から7キロの減量になったかもしれない。
C先生がんばって下さい。

結局,午後11時過ぎまで,食べて,飲んで,喋ってと楽しい夕べとなった。
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華東政法学院での座談会
2006-09-06 Wed 17:57
午後9時ごろK先生が宿泊するJホテルに行き,K先生,N先生と合流。30分ほどで華東政法学院に到着。
20分ほどキャンパスを案内し,今回座談会を手配していただいたL先生の研究室に向う。
途中,L先生から携帯に連絡が入り,今日座談会が行われる建物の近くで合流。L先生の案内で大会議室へ。
曉は華東政法学院の大会議室に初めて入ったのだが,歴史を感じさせる重厚なつくり,そして博物館を抜け出てきたような調度品の数々,どれもこれも皆素晴らしい。

座談会の出席者は,中国側4名(日本法研究センターの先生方,L先生,K先生,Q先生,S先生),日本側4名(K先生,N先生,そして現在華東政法学院に留学しているM先生と曉)。
先ず,L先生から華東政法学院及び日本法研究センターについての説明をしていただき,その後N先生の方にK先生の経歴や研究テーマについての簡単な説明をしていただいた。
その後はフリートーク。

K先生は,昨晩とは打って変わって,神妙にL先生達の話しを聞いている。曉は,旅の疲れが出たのだろうかと心配したが,何のことはない。直ぐに本領発揮。
座談会はパッと明るく和やかなものとなり,お昼も近いことから,あとは食事をしながら続けましょうということになった。

座談会をするからには,日中双方にとって有意義なものにしなければと考え,座談会は上手くいくだろうかと心配していたが,中国におけるM&A関連規定の改正や日中両国における法学教育についても話が及び,非常に有意義なものとなったように思う。
これは,偏に日本法研究センターの先生方のご尽力,そしてK先生の人を魅了してやまないご人徳によるものと思う。
昼食後,C先生が華東政法学院にK先生を迎えに来たので,曉はお役ご免ということで帰宅。

最近,曉は思う。
中国に来たことによって,日本にいた時には凡そ会えないであろう人にも会うことができる。
曉は,人生の大先輩に会い,昔話や経験談を聞くのが好きである。
体力があるときは,経験がなく,経験を充分に積んだ時には,体力がない。

人生は何とも難しい。

いろいろな人から話を聞き,足りない経験を少しでも補いたいものである。
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K教授来上海
2006-09-05 Tue 22:43
午後1時ごろHT君が宿泊しているホテルに行き,彼と合流して呉江路へ。
呉江路は,焼小籠包,肉饅,シシカバブ等々,中国式軽食のお店が所狭しと軒を連ねている。ここで彼と名物の焼小籠包を食べる(四個で3元(45円))。
焼小籠包とは,皮の薄い肉饅を大きなフライパンのような鍋で揚げたもの。下半分はカリッと狐色,上半分は一見普通の肉饅だが,中には熱々の肉汁がたっぷり入っている。注意しないと口の中が火傷するという代物だ。
HT君は,この焼小籠包を充分に堪能した様子。

昼食後,HT君を連れて豫園と金茂ビルに行き,レトロな上海と近未来的な上海は味わってもらった。
金茂ビルの最上階の展望台でコーヒーを飲みながら上海の街を睥睨し,午後5時にはG大学教授K先生にお会いするため,金茂ビルの中にあるF法律事務所へ。
というのは,K先生はかつて裁判官で,F法律事務所のN先生が修習時代にお世話になった方である。N先生からK先生と華東政法学院の先生方との座談会の企画を依頼されたことから,曉もK先生を囲む会食に招かれることになったものである。
せっかくの機会なので,曉はHT君も連れて参加。
K先生は若い頃から和解技術を研究し,最近は交渉学を研究している。
K先生はざっくばらんな性格な方で,過去の経験談,和解技術や交渉学の必要性を面白おかしく,そして分かりやすく話をしてくださった。

この会食で,曉は知的好奇心を大いに刺激された。
中国では,買い物一つにしても,交渉を必要とする。思うに,中国人は交渉好き,交渉慣れしている。
中国人とともに,或いは中国人を相手として法的な問題を解決するとなると,ハイレベルな交渉技術を要することは間違いない。

頑張らねば。
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HT君が上海に来る
2006-09-04 Mon 22:35
去年,司法修習生として,あかし事務所で弁護修習をしていた弁護士HT君が上海に遊びに来た。

彼は昨年10月から東京の大手渉外法律事務所に勤務する新進気鋭の弁護士。
ようやくとれた夏休みを使って,上海にやって来たのだが,なぜ上海に来ることにしたのだろう?南国のリゾートにでも行って日頃の疲れを癒せばいいものを。
しかし,約1年ぶりに成長したHT君に会うのは非常に楽しみ。曉はいそいそと彼を迎えに浦東国際空港に向った。

HT君の乗ったMU524は午後3時50分に上海に到着予定と聞いていたのだが,国際線出口で1時間以上待っても彼は現れない。
ひょっとして,,,と不安が頭をよぎるが,何のことはない。HT君が入国手続をする前にトイレに行ったところ,入国管理官のカウンターの前に長蛇の列が出来てしまっていたらしい。

少し疲れの見えるHT君を連れて,リニアモーターカーに乗り込む。
彼に430キロのスピードを体感してもらいたかったのだが,運悪く,今日のリニアモーターカーは最高時速300キロ。
これじゃ,新幹線とかわらない。

ホテルにチェックインをしてから,二人で新天地にある「鼎泰豊」という小籠包の名店に行く。
「鼎泰豊」はもともと台湾のお店。上海には曉が今回行った新天地店と日本人が数多く住む古北地区に1店舗の計2店舗ある。かつてニューヨークタイムズの世界の名店10店に選ばれたこともあるだけに,欧米人の客がかなり多い。
曉は上海に来て,いろいろな店の小籠包を食べたが,この店の小籠包は非常に上品。店内も清潔で洗練されており,欧米人に人気があるのも頷ける。
HT君は次から次へと出てくる小籠包や熱々のスープの入った蒸餃子をペロリペロリと平らげる。さすがに若い,食欲旺盛。おおいに結構。

食事の後は,HT君とカラオケ。
久しぶりに大いに飲み,大いに歌う。たまには大きな声を出して歌うのもよいものだ。

気分爽快,日頃の疲れも吹き飛んだ。
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所長来臨
2006-09-02 Sat 22:27
所長が土日を利用して北京に行くことになったため,曉も上海虹橋空港午前10時発のMU5105に乗って北京へ。
北京首都国際空港には正午に到着。国際線出口で,HP先生と合流し,所長が出口から出てくるのを待つ。

先ず宿泊先のホテルに向う。所長は長安路(天安門に面した大通り)に接した五星ホテル,曉はインターネットで予約した三星ホテル「北京上康城酒店」。セミスィートで一泊298元(4500円)。
このホテル,今回初めて利用しのだが,部屋の掃除は行き届いているし,ホテルマンの対応も申し分ない。大通りに面しておらず,知名度が低いため,タクシーの運転手にホテルの名を告げても辿りつけないという難点はあるが,空港から近く,街の中心部にもタクシーに乗って直ぐ行くことが出来る。今後,北京での常宿にしてもいいぐらいだ。

チェックインを済ませた後は,HP先生,所長と天壇公園へ。
曉は先月20日にも天壇公園へ行ったが,美しいものは何度見てもいいものだ。所長も,天壇公園の広さ,祈年殿の壮麗さにただただ驚きの様子。
日頃忙しく,明らかに運動不足な所長。今日は広大な天壇公園を徹底的に歩いてもらいましょう。

夜は,HP先生,HP先生の友人のWQ先生と上海料理の店で会食。
その際,自ずとそれぞれの国での業務状況についての話が出て,また意見交換。
歴史は浅いものの,既に厳しい生存競争に曝されている中国,法曹養成制度が変わり,3000人時代を迎えようとする日本,今日の会食はなかなか有意義だったように思う。
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| 暁弁護士の中国日記 |
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