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『来年は豚年』
2006-12-28 Thu 09:27
今日の午前は物権法の最終講義,そして午後は物権法の期末試験。ちょっとした雑音があると,教授の話を聴き取ることができなくなるおそれがあるので,午前8時に教室に入室し,一番前の席に陣取る。今日の授業は中国の特殊な用益物権である承包経営権についての話だった。午後は1時半から3時半までの2時間,事例問題2題と一行問題1題の期末試験を受けた。問題は,「物」概念という基本概念に関わる問題や,大陸法系の国々で発展した法理論と中国の特殊な土地利用制度を比較し,現在の土地利用制度の問題点や改善策を論述させるものなど,なかなか面白いものだった。

 明日から冬休み,当分の間(2ヶ月間)学校に行く必要はない。その分,実務研修と自分の研究テーマに集中することができる。
大学から家に帰る途中,豚のポスターを何度も目にした。何故か?中国の十二支に「いのしし」という干支はない。12番目の干支は「ぶた」なのだ。つまり,日本語の豚は中国では「猪(zhu)」,そして猪が「野猪(yezhu)」なのだ。猪という字が日本に伝わる途中で,「ぶた」が「いのしし」に変わってしまったということなのだろうか。褐色の猪ではなく,肌色の豚が印刷された新年用のポスターやカレンダーを見ていると,些細な違いなのかもしれないが,今自分は生まれ育った祖国とは異なる文化を持つ国で生活しているのだと実感する。

今年7月からはじめた中国日記を愛読していただき有難うございます。来年も引き続き上海リポートを続けたいと思います。
来年は皆様にとって,より良い年となりますように。

                                                 曉
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『再見,同志!』
2006-12-27 Wed 09:17
 曉と同じく華東政法学院に留学していたS弁護士が来年1月上旬に帰国する。
S弁護士とは中国留学前から面識はあったのだが,曉が今年1月に同学院の面接を受けるために上海に来た際,彼から同学院で勉強をしたいという希望を聞き,急遽二人で面接を受け,それ以来ともに同学院で中国法を勉強することになった。最初は聴講生という形で授業に出ていたこともあって,休講や教室の変更についての連絡がなく,学校に行っても教室には誰もいないということが何度かあった。
S弁護士と苦楽をともにした10ヶ月,これはきっと忘れ難いものになると思う。

 華東政法学院は上海市中心部の中山公園北側にある。
昔は,この場所に大学と研究院(修士課程,博士課程)があったのだが,4年前に大学は松江区(上海市中心部から車で50分)に移転し,中山公園の北側には研究院だけが残った。前々から松江キャンパス(http://www.ecupl.edu.cn/index.asp)は非常に美しいところだと聞いていたので,S弁護士が帰国する前に一度二人で松江キャンパスを見学に行くことにした。日頃お世話になっているL老師に相談したところ,L老師も一緒に行くことになり,同老師の案内で松江キャンパスだけでなく,閔行区の律師事務所,そして閔行開発区の日系企業の生産工場をも見学することになった。

 まず,朝9時地下鉄中山公園駅で合流し,閔行区の「シン庄」駅で下車。閔行区で最も規模が大きいと言われているS律師事務所に向う。同事務所の近くには同区の基層裁判所(日本の簡易裁判所に相当)があるのだが,その大きさ,そしてそのデザインには驚いた。とても基層裁判所には見えない。大阪地裁の庁舎より大きいのではないか。そして,形はアメリカ連邦議会の議事堂に非常によく似ている。中国では裁判所を見れば,その地区の経済力が分かるというが,さすがに数多く外商投資企業が進出している閔行区といったところか。S律師事務所を訪問し,J律師やS律師達と意見交換をした後,一度中山公園に戻り,肯徳鶏(ケンタッキー)でハンバーガーを買って,華東政法学院のシャトルバスに乗り込む。シャトルバスに乗ること40分,松江キャンパスには午後1時10分ごろ着いた。
バスから降り,キャンパスを見て思った。
「ここはゴルフ場の中に造った明治村だ(確か犬山市にある明治時代の歴史的建造物を移築した場所。旧帝国ホテルの一部が保存されていることなどで有名。)。」と。とにかくキャンパスが広い。一面芝で覆われていて,大きな池を囲むようにして壮麗な校舎が並んでいる。校舎は褐色のレンガ色で,建築様式は欧州風。聞くところによると,イタリアの建築家に設計を依頼したらしい。学部生に案内してもらって,キャンパス内の校舎(一部)を見てまわったのだが,1時間や2時間では,とても全てを見ることなど出来ない。

 松江キャンパスの後は,再び閔行区へ。携帯電話の特殊な部品を製造しているP社及び日本を代表するMグループの工場を見学。いずれの工場も生産管理を担当している人(中国人)に会って話を聞いたのだが,田舎から出てきた人は少しお金が貯まると直ぐ田舎に帰ろうとするので,他社より有利な条件を提示すれば引き止めることができるわけではないらしい。同じような顔をしているため,勘違いしてしまうが,中国人と日本人は習慣も違えば,仕事に対する考え方も違う。いつの時代も,経営者にとって,労務管理は頭の痛い問題だ。

 一日の予定を全て終え,L老師,S弁護士と三人で一緒に食事をした。研究で多忙を極めるにもかかわらず,L先生は帰国するS弁護士のために,一日かけて閔行区と松江キャンパスを案内してくれた。L老師の深い情にS弁護士も曉もただただ感激した一日だった。

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『人生は試験?』
2006-12-26 Tue 11:04
最近,期末試験のことばかり書いているような気がする。
弁護士になったとき,これで試験から解放されたと思ったが,大きな間違いだった。
一年前は,華東政法学院の修士課程に入るためにHSK(漢語水平考試)を受け,今は同学院の期末試験である。今日は午後2時から午後5時までの3時間,法律英語の試験を受けてきた。
この講座の教師がアメリカ人であるため,当たり前だが試験は全て英語で解答しなければならない(仮に中国語で解答することができるとしても,曉にとっては外国語であることには変わりない。)。
まず,アメリカ法の概念の説明を求める小問40題,その後授業で習ったことに関して6題の択一問題,最後は3つの事例問題。
事例問題は,問題点を抽出し,自分の考えを述べ,その理由を説明しなければならない。3時間という時間はあっという間に過ぎ去った。
 試験後,いつものように歩いて下町を通って家に帰ったのだ,その時考えた。
人間死ぬまで何らかの形で他人の評価に曝されている。弁護士であれば,一つ一つの案件が試験のようなものだ。
今日のテストの結果は惨憺たるものかもしれないが,弁護士業については「優」の評価を得られるよう頑張ることにしよう。
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『聖誕節(クリスマス)』
2006-12-25 Mon 09:17
今日は,クリスマスイブ。
中国もクリスマスを祝う習慣が浸透してきたのだろうか。
いたるところにクリスマスツリーが飾られ,レストランのウェイトレスやホテルのフロントのお姉さん達がサンタの帽子をかぶっている。
 いつものようにジムに行き汗を流し,虎の穴ジムの面々とサンドバックを叩き,スパーリング。北京時代からの友人であるM氏は,おそらく今日が最後の練習。彼はもう直ぐ日本に帰任する。先月結婚した奥さんが東京から上海に遊びにて来ているということで,M氏の奥さんも加わり,中山公園の近くの日本料理屋でお昼を一緒に食べることになった。
結婚式や新婚旅行の写真を見せてもらったのだが,結婚式はウェスティン東京,新婚旅行はモルディブである。
さすがエリート商社マン,式も旅行も豪華だ。
曉は○年前,ワイフと結婚したとき,新婚旅行先の候補地としてモルディブを考えた(考えるのは自由である)。
しかし,当時,時間はあったが,お金がなかった。「ああ,俺は十分働いた。すこし南海の孤島にでも行って,ゆっくりするか。」と思ったときにでも(おそらく来ないだろうが,,,),モルディブに行くことにしよう。
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『北京の冬至は水餃子』
2006-12-22 Fri 09:14
朝早く起き,上海虹橋空港に向かう。
北京に行き,曉が敬愛する律師の一人であるH老師に会うためである。
北京には丁度正午に着いた。
H老師が所属する律師事務所に行って,H律師と遅い昼食を共にした。約1時間,少し辛めの四川料理を味わいながら,意見交換をし,貴重なアドバイスを拝聴した。
夕方からは,北京語言大学時代にお世話になった李老師宅へ。毎度好例の行事となってしまったが,李老師のご主人(通称「叔叔」(おじさんの意味))手作りの水餃子をお腹がはちきれるほど食べた。
今日は,インドネシアの留学生2名(女性),日本の留学生2名(女性)も李老師宅に遊びに来ていたので,いつもより賑やかな食事となった。インドネシアの留学生はともに華僑で,両親や祖父母の祖国の言葉を勉強しに来たということだった。日本の留学生は,それぞれ福岡の大学と京都の大学から来た女子大生。福岡から来た女の子の話によると,日本人の多いクラスに所属することになったためか,日本人同士でかたまってしまい,授業以外は日本語を使うことが多かったとのこと。
確かに,彼女の中国語は,一年間留学していたにしては,少したどたどしい。
曉は,おせっかいにも,「インドネシアの留学生もいるから,中国語で話をするぞ。」と言って,日本人留学生の彼女たちとも中国語で会話をすることにした。
曉の場合は,は北京に留学したときから,上海の大学で中国法を勉強したいと考えていたため,3ヶ月でHSK6級をとらなければならなかった。そのため,曉は4ヶ月半北京に居たわりには,北京のことをよく知らない(ワイフに対するアリバイは完璧である)。
それに比べて,インドネシアの女の子達は2年間,日本の女の子達は1年間じっくり中国語を勉強している。若いからこそなせる業だと思う(もちろん,親のバックアップも必要だ)。
もし自分が20歳のころ留学していたら,どうなっていただろうか?頭が軟らかく,中国語の吸収も早かっただろうが,若さゆえに誘惑も多かったに違いない。
曉の場合,30歳を過ぎてから留学したことは,正しい選択だったのだと思う。

                   
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『中国語レッスン再開』
2006-12-18 Mon 10:09
 北京での4ヶ月半にわたる語学留学を終え,上海に住むようになって以来,留学の重点は中国語から中国法に移った。
現在,華東政法学院の研究院で中国法を勉強していることもあって,中国人研究生との交流はあるのだが,中国人と中国語を勉強する機会はなくなった。
 ふとあるとき,自分のスピーチ力が衰えていることに気付いた。
 商店の店主やタクシーの運転手に話しかけても,一発で通じないことが増えたのだ。ある人の話によると,中国語を読んでばかりいると,発音がおかしくなるらしい。おそらく声調(中国語独特の抑揚)がフラットになってしまうのだと思う。
華東政法学院のクラスメートは,曉が何を言いたいのか分かればいいので,曉が不自然な中国語を使って話をしても,特にその不自然さを指摘することはない。
 ワイフは華東師範大学対外漢語研究学科の研究生に家庭教師をお願いし,中国語を勉強しているので,曉はワイフを通じて,対外漢語研究学科の研究生の中から家庭教師を探すことにした。
ワイフが自分の家庭教師を通じて見つけた家庭教師はL君,もちろん男性である(ワイフが女性の家庭教師を曉に紹介するわけがない,,,,)。今日から毎週土曜日午前9時半から午前11時まで1時間半中国語を勉強することになった。
 テーマは,①正確な発音の習得,②自然な中国語会話の習得,③成語(四字熟語)を駆使した会話術の習得の三つである。今日は,早速発音のチェックと成語の勉強。発音については,「an」と[ang」の違いを厳しくチェックされたが,その他は非常に良いと誉められた。特に,日本人には最も難しい「r」「l」の違いは,よく出来ているということだった。北京留学時代,現在アメリカに留学しているX君に厳しく指導してもらったたまものだ。4日間,ひたすら「r」と「l」の発音練習を繰り返したことが懐かしい。
これからは,中国語教育の専門家の卵に中国語(特に会話力)を定期的にチェックしてもらえる。せっかく上海で暮らしているのだから,より高い水準の中国語を目指すべきである。
 中国語の勉強の後は,上海市街の南東部にある生地市場に行き,ジャケット2着とズボン1本を注文した。
その市場では既製品も売っているのだが,サンプルを持って行って,生地を選べば1週間ほどでサンプルと同じ形の服を仕立ててくれるのだ。
コーデュロイのジャケット2着で600元(9000円),ウールのズボンが240元(3600円)だった。
睡眠不足のためか,曉はあまり激しく値引き交渉をしなかった。ジャケット2着で800元のところを,600元にまけさせた程度である。ワイフは,私だったら100元から交渉を始めて,もっと安い値段で買うと言っていた。
我が家では買い物等一切をワイフに任せている。どうも曉の知らないところで,ワイフは経験を積み,ますますタフなネゴシエーターになったようだ。
その能力を外向きに使っていただく分には大いに結構なことである。
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『美人は結婚に不利?』
2006-12-15 Fri 10:02
今日の午後は必修科目の民法原理の期末試験があった。
自分のヒアリング能力を棚に上げて失礼な話だが,民法原理の教授の中国語は非常に聴き取りにくい。
講義がBGMと化すことが何度もあった。とにかく,できる範囲で頑張るのみ,他の中国人の研究生とおなじ条件で2時間の筆記試験をこなした。
試験終了後,少しブラつきたくなり,学校から家まで歩いて帰った。
ディープな雰囲気の下街を抜け,家に着くまでに25分ほどかかっただろうか。
その道中,噂に聞いていた青空理髪店を目にした。高架道路の下,コンクリートの柱に鏡をかけ,その前にイスを置いただけという床屋なのだが,結構人気があるようだ。
理髪師が忙しそうに働いていた。
上海の場合,普通の理髪店で安いところであれば,カット(男性)は15元(230円)ですむが,青空理髪店であれば,10元もしないのではないかと思う。

 家に帰り,少し寛いでいると,研修先のコンサルティング会社から電話があり,ある会社の上海現地法人設立の記念式典に急遽出席することになった。M先生と二人で出席したのだが,その式典で曉も日頃愛読している某フリーペーパーの編集長M女史に会った。
式典終了後,M先生,M女史と3人で近くのバーに行き,四方山話をすることになったのだが,M女史は背がすらりと高く(高く見える),華やかな感じの美人であるためであろうか,M先生がバリバリ仕事をされている女性で美人の方の中には,結婚をしない人も少なくないという話をした。
この会話を通じて,曉はいい勉強をさせてもらった。
この話題から曉が得た教訓は,こうである。
仕事をバリバリしている女性は,またその女性が美人だと,その強さが強調されて,男性陣は尻込みしてしまう。
しかし,彼女達も結婚したいと考えているのだ。世の男性諸君,高嶺の花だと諦めず,果敢にチャレンジすべきである。
もっとも,彼女達と付き合うためには,彼女達の仕事に対する理解が必要だ。価値のあるものを得るためには,それ相応のコストがかかるものである。
曉は既に差押えられているので,このチャレンジとは無縁である。
その分,研究と仕事にチャレンジだ。

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『中国で英語』
2006-12-10 Sun 09:20
最近,少し忙しい。
友人のC律師の仕事の手伝いに夢中になって,ひと月前に出された法律英語のレポートを放置していたために,この4日間,ひたすら課題の判例(インターナショナルシュー事件,デュープロセスに関する判例)を読み,関連資料に目を通し,英文のレポートを作成するはめに陥った。
自業自得と言えば,それまでだが,一昨日の晩から今日の晩まで丸二日間,家から一歩も出ないというのは異例だ。
本当は,スーっと判例に目を通し,サラサラとレポートを書き上げて,今日の午前中はジムに行ってひと汗かく予定だったのだが,思うようには進まず,レポート作成は難航を極めた。
難航を極めた理由は,
①判決文の英語は,一文が長く,挿入が多い。
 慣れの問題もあるのだろうが,アメリカに留学している人達は,こうした判例と毎日格闘しているのだろう。
②レポートの構成を考えても,それを上手く表現できない。
 大学受験のときなどは,比較的英語を得意としていたのだが,それも十数年前の話。ヒアリングはまだましだが,書く方は予想以上に衰えている。今となっては,中国語で文章を作成する方がはるかに楽。
③英文タイプの速度が遅い。
 弁護士を2,3年もすれば,ワープロを打つスピードがかなり速くなる。英文タイプは不慣れなため,パッパッと打てない。
自分のイメージと実際のスピードにギャップがあるあまり,苛々する。
とにかく,レポートは完成した。
しかし,他にもやらなければならないことが山積み。
次は,ひと月以上も前倒しで実施される期末試験に臨まなければならない。「なんで,この時期に期末試験やねん?」とは問うまい。
中国で生活する以上,細かいことにこだわってはいけない。「冬季休暇が長くなって,自由に使える時間が増える。」と何事も前向きに考えることが肝要だ。
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| 暁弁護士の中国日記 |
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