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『財神来了』
2007-02-21 Wed 17:01
17日の狂気の花火大会の後,散発的に爆竹の音が聞こえることはあったが,3日間静かな毎日を過ごすことができた。
しかし,今夜は17日夜にまさる喧騒状態。どうも,17日夜は「年」という化け物を追い払うために爆竹をならし,花火を打ち上げ,新年4日目は財神(福の神)を呼ぶために花火をするらしい。豊かさを率直に求める中国人らしく,新年4日目の花火は17日よりも規模が大きい。マンションのベランダから,360度全方向で花火を鑑賞できることはいいのだが,林立したビルの谷間から打ち上げられる花火は狂気の沙汰としかいいようがない。一応規制があり,午後8時から翌朝6時までしか花火ができないそうである。
しかし,これを規制と言っていいのだろうか。中国は,やはり懐が深い。
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『玉仏寺で祈願』
2007-02-19 Mon 11:34
今年一年も無事に過ごすことができるようにと家の近くの玉仏寺に初詣。新暦の正月にもお参りしたので,玉仏寺は今日が2回目。おそらく昨日が一番参拝客の多い日だったのだろうが,今日もなかなか人が多い(写真 玉仏寺①)。

20070220112356.jpg


参拝者は皆,線香を買って火をつけ,頭のところに掲げて,四方にお祈りをしている(写真 玉仏寺②)。

20070220112405.jpg


曉も本殿でお祈りをした。中国式のお祈りは日本とは少し違う。中国式のお祈りは,膝をついて,仏様に手を合わせ,その後頭を地面にすりつけるようにしておじぎをした際,手のひらをかえすようにして両手を上向きにする。曉は見よう見まねで中国式のお祈りをすることにした。祖国日本と中国は今後競争と協調を繰返すことになると思うが,どんな問題に直面しても直ぐに話し合いのテーブルにつくことができる関係を育むことが肝要だ。曉も微力ながらこの関係の構築に貢献したい。その前に,まずは目の前のことを一つ一つクリアしていかなければ,,,,。
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『春節』
2007-02-18 Sun 11:33
旧正月は田舎に帰って家族と一緒に過ごすというのが,中国人の流儀らしい。ワイフと一緒に中山公園まで散歩したのだが,人も車もいつもより少ない。街がゆったりと広く感じる。公園もいつもなら,京劇を吟じる人,社交ダンスを興じる人,太極拳を練習する人で溢れているのに,今日は少ない。旧正月はやはり家族団欒のときなのだろう。上海の人口は居住者(上海に戸籍のある人)が1300万,流動人口(上海に戸籍のない人)を含めると1700万人と聞く。旧正月中は一時的に上海の人口は激減するためか,渋滞もないし,人もまばらで快適だ。上海が上海でないようだ。しかし,旧正月が終われば,また成功を夢見る人達が戻ってくる。そしていつもの上海に戻るのだ。

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『大三十』
2007-02-17 Sat 11:23
今日は旧暦の大晦日である。
午後7時ごろから,あちこちから爆竹や打上花火の炸裂音が聞こえ始め,その騒音は間断なく続く。深夜の12時ごろになると,お祭り騒ぎはピークに達し,街全体が花火大会である。曉が住むマンションでも,住人達が花火を打ち上げた。マンションが林立した中で花火を打ち上げるものだから,ある棟は花火の火の子がベランダの洗濯物か何かに引火した。当初,ベランダで花火でもしているのかと思ったが,火勢はみるみる勢いを増し,ベランダが火の海となった。管理人やガードマンの対応が早く,隣のベランダから消火剤を撒き,火を消しとめたために大惨事を免れたが,さらに驚いたことには,その惨事を見ながら花火を打ち上げ続ける人たちがいるのである。どうも,春節は無礼講らしい。
火事騒ぎの後,誰かが曉が住む部屋の真下で花火を打ち上げ始めた。曉の部屋は29階にあるのだが,ちょうど花火が炸裂する高度らしい。炸裂した花火の火の子が台所の窓に降り注ぎ,ときどきピシッという音ともに異物が窓ガラスにあたる(写真 花火①)。

20070220112333.jpg


ベランダに目をやると,花火の火の子が洗濯物に降り注いでいる。慌てて戸を開けて洗濯物を取り込もうとすると,花火が至近距離で炸裂する音はすさまじい。隣の棟を見ると,花火の火の子が窓にあたって跳ね返っている。まさかベランダが戦場と化すとは,,,。
エレベーターに乗って下におりると,連発花火の残骸が転がっていた(写真 花火②)。

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曉は一体誰がこのゴミを片付けるのかと思いながら,中国人の過激なパワーを再認識した。
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『上海のバレンタインデイ』
2007-02-14 Wed 17:11

昨日1週間ぶりに上海に戻ってきた。今日からMコンサルティングに出社。すると,面白い光景に遭遇した。Mコンサルティングのスタッフ宛てに,彼女のご主人から花束が届いたのだ。中国(上海)では,バレンタインデイに,男性が女性に花及びプレゼントを贈るという風習があるらしい。逆に女性が男性に何か送る日はないのかと聞いたところ,ないらしい。やはり中国(上海)女性は強い。聞くところによると,花は絶対贈らなければならないものらしく,もし忘れようものなら,そのことを理由として別れるということもあるらしい。中国人男性は絶えず試練に晒されているから,タフなのかもしれない。
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『七里御浜』
2007-02-12 Mon 17:09
曉は年に一度必ず先祖の墓参りをすることにしている。今の自分があるのは先祖のおかげだという想いがあるためなのだが,曉の故郷は三重県の南端であるため,墓参りに行くのは一苦労である。大阪からだと片道5時間はかかる。曉は小学校5年生まで三重県南牟婁郡御浜町という小さな街で暮らした。交通の便がよくないせいであろうか,街の風景は30年前とほとんど変わっていない。下手に開発されないということは,今後貴重な観光資源になるのではないかと思う。
曉は時々故郷のある風景を夢に見る。その風景とは七里御浜と言って約25キロにわたって続く美しい海岸である。浜に出て,はるか水平線を眺めると,途中で海の色が藍色に変わる。黒潮とはよく言ったものだ。青い空に海,弓のように軽く弧を描く砂利浜,そして海岸に沿ってつづく松林。この風景を眺めると,不思議と嫌なことを忘れ,また頑張ろうという気になる。興味のある方は,一度どうぞ。古きよき日本が未だ残っていますよ。

http://web.kumadoco.net/titi/kisetu/hama1.html

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『伊勢神宮』
2007-02-11 Sun 17:09
伊勢神宮へ。志摩から津に戻る途中,伊勢で電車を降り,家族三人で伊勢神宮を参拝した。伊勢神宮は外宮と内宮の2つの神社からなるのだが,まず伊勢市駅の近くにある外宮に参拝し,その後バスに乗って内宮へ向う。後で知ったのだが,今日は紀元祭(神武天皇が即位した日)ということで,伊勢神宮界隈は人でごったがえしていた。外宮から内宮まで,いつもならバスで20分ぐらいなのだが,今日は1時間以上もかかった。内宮の境内も人で溢れていたが,それでも心が清々しくなる雰囲気が伊勢神宮の境内にはある。
津の家に戻ると,姉夫婦と姪甥の4人がやってきた。姪はこの四月から中学生,甥は小学校の5年生。ついこの間,ハイハイをしていたはずなのだが,それだけ曉も歳をとったということか,,,,。

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『日本の海は美しい』
2007-02-10 Sat 17:08
13時5分難波発の近鉄特急に乗って,志摩鵜方に向う。曉母は中川駅(三重の松阪と津の間にある街)で合流。今日は家族三人で志摩の温泉旅館に一泊した。泊まった宿は「志摩石亭」という海に面したホテルで,海の眺望が素晴らしい。今日は天気が良く,志摩の海に沈む夕日を鑑賞することができた。曉は毎日中華料理を食べ続けても特に問題ないのだが,新鮮な刺身を食べることができることはやはり嬉しい。また,久しぶりに湯船につかり,日本のお風呂を堪能することができた。

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『L老師夫妻来大阪』
2007-02-09 Fri 00:00
曉が北京語言大学時代にお世話になった李老師夫妻が2日から大阪に来ている。一人息子のJY君がR大学の大学院を出て,日本の商社に就職し,現在大阪に住んでいるため,久しぶりに息子の顔を見に来たということらしい。北京時代はさんざんお世話になったので,恩返しをさせていただくことにした。JY君の社宅が東三国にあるので,家内と御堂筋線東三国駅までL老師夫妻を迎えに行き,日本料理店で昼食をともにした。北京時代の懐かしい話や,L老師夫妻がJY君を日本に留学させるために,8年がかりで貯めたお金を使ったといった話を聞く。今でこそ北京や上海といった大都市は豊かになったが,昔は皆貧しく生きていくだけで大変だったのだ。食事の後,李老師夫妻を事務所に案内したところ,大変喜んでくれた。今日の接待で1000分の1ぐらいは恩返しできたかもしれない。
 しかし,日本と中国はともに漢字を使うため,中国人が日本の地名を言うと少しやっかいである。李老師達は「江坂」を「ジアング バン」,「東三国」を「ドン サン グオ」と言うので,曉は当初李老師達が一体何を言っているのかさっぱり分からなかった。固有名詞は,できればその国の言葉の発音のままで覚えて欲しいのだが,,,,。

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『L先生が事務所来訪』
2007-02-08 Thu 00:00
華東政法学院で曉がお世話になっているL先生が大阪に来ている。O大学で中国手形法の特別講義をするためだが,丁度曉の大阪滞在と時期が一致したので,事務所にご案内した。その後,事務所の近くの日本料理店でL先生と昼食をご一緒した。所長や他の同僚も同席していたためか,L先生は曉が華東政法学院でいかに頑張っているかということを強調して話された。やたらと誉めるので,曉は華東政法学院にはもう一人の「曉」がいるのではないかと思ってしまった。
夕方には三宮で大学の頃からの友人であるO君に会う。彼と出会ったのは,もう15年も前の話だ。あのころの曉は法律よりも,政治とか外交といったことに関心があった。その後,弁護士を志し,司法試験を受けることになるのだが,不思議なことに,今曉は日中に関わる仕事をしている。法律を通じて,日中の良好な関係構築に貢献することが曉の現在の目標である。

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『久しぶりの日本』
2007-02-07 Wed 17:05
1年ぶりの日本。お昼過ぎに関西国際空港に到着したのだが,2月上旬とは思えないほど暖かい。天気もいいし,空気も美味しい。リムジンバスに乗って大阪駅まで出たのだが,バスの運転は乗客に優しく,ストレスを感じることなどない。かつては当たり前で特にサービスと考えたことなどないが,外国で暮らすと日本の決め細やかなサービスが嬉しくなる。中国が大好きな曉だが,やはり祖国はいい。人から大陸的と言われる曉だが,何だかんだ言っても30年以上日本で育っているわけで,日本の文化習慣は曉に深く染み付いている。これからも,日本人としてのスピリットを大切にし,日中間の法律問題に関わっていきたい。

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| 暁弁護士の中国日記 |
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