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『ブラインド・マッサージ』
2007-06-30 Sat 17:11
蒸し暑い日が続いたので、髪を少しカットすることにした。
ワイフも通っている韓国系の理容室に行くことにした。
たまたま理容師が少なかったのか、髪を洗ってもらった後しばらく待つことになった。その間、見習いの男の子がサービスでマッサージをするというので、特に必要もなかったのだが、無料というのでやってもらった。ところが、これがかなり下手で、体がおかしくなってしまった。もともと肩が凝ったり、腰が痛くなったりしない体質で、大阪で働いているころも、およそマッサージとは無縁の生活をしていた(きちんと働いていたのだが、、、)。
こうなったら、きちんとしたマッサージ師に按摩してもらって、この変な違和感を治してもらおうと、日本人留学生のM氏がなかなか良かったと言っていた家の近くにあるブラインド・マッサージに行ってみた。
ブライド・マッサージとは、マッサージ師の大半が目の見えない人というマッサージ店である。上海には、外国からの旅行客或は駐在員相手の豪華なマッサージ店も少なくないが、今回曉が行ったマッサージ店は小さく、非常に質素な感じの店であった。
ブラインド・マッサージは一般のマッサージ店に比べて、料金が少し安い。おそらく、3割ぐらい安いのではないだろうか。この店も、足ツボマッサージ1時間50元(750円)、全身マッサージ1時間50元、セットだと2時間80元(1200円)と安い。
しかしである。マッサージ師の技術は相当のものであった。同行したワイフに言わせると、友人が上海に遊びに来るたびに、有名なマッサージ店に案内したが、今回のマッサージ店が一番ということである。ツボの押さえ方、そして力加減が絶妙であるというのだ。
日本でも、目の不自由な人が鍼灸や按摩で生計をたてるということはよくきく話である。目の不自由な人が自力で生きていくということは決して楽なことではない。目が見えない分、指の感覚が研ぎ澄まされているということもあるのだろうが、これで生きていくんだという強い決意が、かれらの技術を高めているのではないかと思う。
一生懸命生きていこうとしている人を見ると、ついつい感心してしまう曉は、とりあえず明日から、否今日から心を入れ替え頑張ろうと誓った。

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『技術の進歩は素晴らしい』
2007-06-29 Fri 17:09
ロケーションフリーテレビというものをご存知だろうか。
日本の家にデッキのようなものを設置すれば、外国にいてもネットでアクセスすることによって、日本のテレビ番組を観ることができるという優れものである。
今住んでいるマンションの賃貸契約を締結する際、大家と契約条件の交渉をしたのだが、最終的に賃料を月当たり200元安くするか、衛星放送を観ることができるようにするか、どちらかということになった。
当時曉は、中国に勉強に来ているのに、何で日本のテレビを観る必要があるのかと賃料の減額を選んだ。ワイフが去年4月から上海にやってきたのだが、それから約1年間、ネットを通じて入手する以外、日本の情報とは隔離された生活を続けてきた。
ところが、義父がロケーションフリーテレビという優れものをプレゼントしてくれたことによって、生活が一変した。日本の報道番組、ドラマ、バラエティ、日本で視聴できる番組をリアルタイムで楽しむことができるのだ。
父の愛は海より深い。異国で暮らす娘を思いやり、決して安くないロケーションフリーテレビの機器を買ってくれたのだと思う。
ロケーションフリーテレビの設定は、中国のネット環境は日本と少し違うこともあって、少し難航したのだが、パソコンに詳しい日本人留学生のM君の協力を得たこともあって、なんとか視聴できるようになった。
曉のまわりでも、「曉さんが成功したら、うちもやってみますわ。」「ロケーションテレビは幾らぐらいすんの?」と、関心はかなり高い。
こんなことを書いていると、国際的某家電メーカーの宣伝マンのようだ。曉はお人好しなので、いい物があると思うと直ぐ回りの人に勧めてしまう。メーカーさんにとってみれば、本当にいい消費者である。
ワイフの中国語も1年前に比べれば格段に上達した。
上海にきたばかりの頃のように、日本のテレビなど観る必要はないと無理をする必要はない。日本人である以上、日本の情報から完全に隔離されてしまうと却って望郷の念が募るものである。
吉川英治の「宮本武蔵」の一節で、ある太夫が武蔵に、楽器の弦に遊びがなく、いつもピーンと張っていると弦が切れてしまう例え話をし、武蔵の強さの危うさを諭すシーンがあったと思うが、海外でそれなりに長く暮らすためには、こころにゆとりを持ち、また適度に祖国に触れる必要があるのだと思う。

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『上海の夏は悶熱』
2007-06-27 Wed 15:11
今日の上海は、日差しが強く、気温も36度を超え、真夏のような天気。例年であれば、梅雨でジトジトとした天気が二週間も三週間も続くのだが、7月を飛び越えて8月がやってきたかのような天気である。
上海の気候は大阪に似ていると言われるが、蒸し暑さという点では上海の方が一枚上手ではないかと思う。
とにかく蒸し暑い、体調の悪いときなど、空気が重く感じるほどだ。中国語で蒸し暑いことを「悶熱」と言うのだが、まさに漢字の意味どおりで、悶絶しそうな蒸し暑さである。
クーラーを多用すると体調を崩すので、クーラーに頼ることなく、如何に涼しく快適に睡眠をとるかということが、上海の夏を乗り切る秘訣である。
そこで、曉が導入したのは、茣蓙。もっとも茣蓙といっても、日本の茣蓙とは少し違う。正確に言うと、細い竹のような素材で編んだもので、手触りが茣蓙のようなマットである。これをベッドに上に敷き、枕にも同じ素材のカバーをつけ、タオルケットのようなものを引っ掛けて寝ると、寝つきもいいし、目覚めもよい。1週間ほど前、近くのスーパーに買い物に行った際、この茣蓙マットが飛ぶように売れていた。上海の夏の過ごし方は、上海人が一番よく知っているということだろうか。
このマットは各種サイズがあり、値段も安い。最近グッスリ寝ることができない、クーラーの使いすぎで体がだるいという方には試してもらいたい一品である。

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『上海国際映画祭日本週間』
2007-06-17 Sun 15:42
15日から上海に来ているM氏の招待で、ワイフを伴って上海国際映画祭日本週間のレセプションに参加した。
日本週間で放映される日本映画は、「武士の一分」「眉山」「大奥」「アンフェアー」「なだそうそう」「東京タワー」「ブレイブストーリー」等々十数本に及ぶ。このレセプションには、「武士の一分」の木村拓也、「眉山」の松嶋奈々子、「アンフェアー」の篠原涼子、そして「東京タワー」のオダギリジョーが出席するのではないかといった噂が流れていたので、曉自身誰が出席するのだろうかと楽しみにしていた。
それで、実際に出席した日本映画関係者であるが、「武士の一分」の山田洋次監督、桃井かおり、「眉山」の犬童一心監督、宮本信子、そして新人の女優、「大奥」の林徹監督、西島秀俊といった面々であった。
会場でレセプションの開始を待っていたところ、ワイフが目ざとく西島秀俊を見つけ、「西島君が来ている。やっぱりかっこいいね。」と言う。西島秀俊という役者を知らない曉は、人だかりの中の誰が西島氏なのか分からない。一緒に写真をとりたそうなワイフの様子を察し、「一緒に写真を撮ってもらったら。」と言うと、M氏の会社のYさんと二人で西島氏のもとに行き、記念写真を撮ってもらっていた。そんなワイフに対し、曉は「松嶋奈々子が目の前にいても、俺なら堂々と平然としているけどなあ。」などと軽口を言っていたが、内心「韓国の李英愛(イ・ヨンエ)が目の前にいたら、間違いなくツーショット写真をお願いするだろうなあ。韓国週間のレセプションはないのだろうか。」などと考えていた。
今日のレセプションは、歌、踊り、着物のファッションショー、中国人学生が作成した着物のデザインコンテスト等々盛りだくさんだった。ワイフはレセプションを十分に楽しんだようで、ご満悦なご様子。
今回のワイフ孝行の効果は、過去の経験にかんがみ、2週間は持続するのではないかと思う。
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『中国企業改革の背景(読書感想)』
2007-06-12 Tue 17:50
 日頃何かとお世話になっている弁護士のA先生から薦められた「中国企業の経営改革と経営風土の変貌」(岩田(沈)奇志、岩田龍子著 文眞堂)を読む。この本は法律家が書いた本ではないが、改革開放後の中国の社会背景が明確に分析されていて、立法の背景を理解するうえでもとても参考になった。
簡単に説明すると、現在の中国企業の改革は、中国人の特徴、すなわち日本人のように所属組織を中心にして人間関係を構築するのではなく、あくまで自己を中心にして人間関係・ネットワークをつくるという性質が、中華人民共和国建国後の政治的理由から推し進められた集団化になじまず、そのために生じた非効率不経済な企業単位(国有企業)を本来の形(あるべき姿)にもどそうとする過程ということである。
 同書は中国人のものの考え方などにも言及していて、曉が中国に来て、中国の友人達と付き合い、肌で感じていた彼らの価値観や思考方法をあらためて認識することになった。中国に関する書籍は最近少し氾濫気味だが、この本は一読の価値のある良書であると思う。
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『アジア企業法制フォーラム』
2007-06-08 Fri 10:27
名古屋大学法政国際教育協力研究センターと華東政法大学経済法研究センター共催の第4回アジア企業法制フォーラム(於華東政法大学交誼楼)に参加した。
大陸、香港、台湾、韓国、そして日本の大学の企業法の研究者が参加し、「株主代表訴訟(※)の理論及び実務」について研究発表及び討論を行った。大陸からは北京大学や清華大学といった著名な大学の一線の研究者が、香港、台湾、韓国からも著名な研究者が参加し、活発な議論がくり広げられた。
 立命館大学の山田先生が「株主代表訴訟の国際的潮流のなかで日本の株主代表訴訟制度は特殊性を有している。」と発表された点には大いに啓発された。曉が日本の株主代表訴訟制度しか知らず、世界の潮流を知らなかっただけなのだが,,,。

日本の株主訴訟は、会社と取締役の馴れ合いを防止し、会社の健全な経営を確保する点に力点があるが、株主代表訴訟のルーツである英米法の下では、会社の支配株主に対する少数株主の権利保護に力点がおかれてきたのだ。
そのため、株主代表訴訟は、取締役以外にも、支配株主や実質的会社の支配者も被告(訴訟の相手方)とすべきではないかということが議論されている。
韓国の研究者の発表では、韓国では財閥支配(上場企業のうち60%は財閥関連企業)が未だ強く、個人株主が強大な財閥相手に代表訴訟を提起することが困難なため、市民運動的株主代表訴訟というものが発達してきているという話を聞いた。
また、中国では、国営企業(国が経営する企業)が国有企業(国がオーナーであるが、国は経営に直接かかわらず、専門家に経営を委ねられた企業)に変わったといっても、経営の責任が誰に帰属するのか(国の責任か、取締役の責任か)明確でなく、会社が株主代表訴訟に参加した場合、その地位は原告か被告かといった点が論じられている。
この論点は、中国の企業風土を知らないと理解できないのではないかと思う。

このように、基本的理念を同じくする法制度であっても、各国の国情に応じ、制度の仕組みは異なる。
法とは、市民生活を秩序付け、豊かにするためのツールである。
絶対的真理を求めるようなものではない。
目的が同じであっても、背景事情が異なれば、システムも異ならざるをえないのは当然といえば当然なのである。

※ 株主代表訴訟とは、日本法的な理解であるが、取締役や監査役が職務を怠り会社に損害を与えたにもかかわらず、会社が取締役らに対して損害の賠償を請求しない場合、株主が会社に代わりその取締役らに対して損害の賠償(会社が被った損害を会社に支払えという要求)を求める訴訟のことである。
企業間の株式の持合が進んでいた日本においては、代表訴訟制度は経営者に対する威嚇的な効果を持ち、健全な経営に対する動機付けとなることが期待されている。
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『割鶏焉用牛刀(鶏を割くにいずくんぞ牛刀を用いん)』
2007-06-05 Tue 15:28
 曉が借りているマンションは29階なのだが、なぜか蚊や蝿がよく飛んでくる。生ゴミも毎日きちんと棄てているにもかかわらず、日本では見たことがないような大きな蝿が飛んでくるのだ。地上29階の高さまで飛んでくるとは、さすがに中国の蝿は逞しい。
以前は新聞紙をくるめて、空中戦をくりひろげ、その都度撃墜してきたのだが、きりがない。

先日家の近くのカルフールに買い物にいった際に、強力な中国式蝿叩きを見つけ、28元(約450円)で即購入した。この蝿叩き、日本の蝿叩きより二回りほど大きく、蝿を叩く網の部分が二重になっている。柄のところに単三電池を2本入れ、スイッチを押すと、微かにウィーンという音がして、蝿や蚊が網に触れると、電気ショックを与える仕組みになっているのだ。早速試してみた。大きな蝿がベランダの窓から入ってきたので、静かに網の部分を近づけると、蝿のほうから吸い込まれるように網の方に飛び込んできた。その瞬間、バチッという音とともに、小さい青白い火花が散り、蝿はポトリと床に落ちた。よく見ると死んではいない。電気ショックで動けなくなっているだけだ。

 曉はよろこびいさんでワイフに新兵器の成果を報告したのだが、どうしてそんな危ないものを買うのかと不興を買ってしまった。中国式蝿叩きのような恐ろしい道具は使いたくないそうである。ワイフは平和主義者で、曉のようにガチンコ勝負を好むタイプではない。
とはいえ、蝿には使わないが、同居の人間には、、、、という事態にならないよう、日頃の行いには注意することにしよう。
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『市場主義は万能か?』
2007-06-02 Sat 15:45
日本の学者が中心となって定期的に上海で開催しているアジア法研究会に参加。
前回、中国人研究者が商業賄賂(中国では、公務員に対してだけではなく、企業に対して賄賂を贈ることも許されない)について発表したのだが、S教授が何故民間企業に対する賄賂が規制の対象になるのかと反論したことによって、日中の考え方の違いが浮き彫りになった。
今回は前回の議論を受けて、S教授が市場原理に関する一般的な説明を、I教授が東アジアには市場原理を受け入れるにあたって障害となる幾つかの要因を説明された。S教授は、できるかぎり市場での自由競争に委ねることが最大多数の最大幸福をもたらすと主張し、中国においても国家の規制はできるだけ排除すべきであると論じたのだが、中国側の参加者(主に律師)の理解を得ることはできなかったようだ。実際に中国に住んでみると、中国人が市場の調整機能に対して楽観できないことにも、それなりの理由があると思うようになる。
つまり、①中国は一部の領域において自由化を進めたが、その結果医療費や教育費の高騰を招き、お金がないが故に適切な医療を受けることができず、また高等教育を受けることができないという人が増えた、②貧富の差は益々拡大し、安易に自由化すれば、9億の人口をかかえる農村は完全に発展から放置されることになりかねない、③中国は現在、過去の負の遺産ともいうべき経済システムを破壊し、再構築しようとしている最中であり、他の先進諸国とは国情を異にする。
簡単に言うならば、中国は夥しい負の遺産ともいうべき問題を抱えており、環境が整っていない段階で市場原理を導入すれば、かえって重い副作用で苦しむことになるというのが一般中国人の考えではないかと思う。
曉の近くに座っていた女性が言っていた。
「市場原理に委ねるのが良いというけれども、今中国が抱えている多くの問題をどのように解決すればよいのかを教えて欲しい。」と。
つまり、理念的なことよりも、現実の問題の解決方法を教えて欲しいということなのだろう。

 曉は思う。確かに、国家が必要以上に市民生活に口を出すことは害悪である。国家の判断は常に正しいわけではなく、これは国民の意思を正確に反映するはずの民主国家においても当てはまる(多数の横暴によって少数者の権利が侵害されることはよくあることである。)。
結局、国家が干渉すべき領域・範囲、市場原理に委ねる領域・範囲については、各国がその国情に照らし考えるしかないということだろうか。中国の統治制度は、日本やアメリカにはない特色がある。
どのようにして、この複雑な問題を解決するのか。
解決は非常に難しいとは思うが、多くの人民が幸福を享受できるシステムを是非とも築き上げて欲しいものである。
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| 暁弁護士の中国日記 |
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