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『武装警察美容外科病院』
2008-05-24 Sat 17:40
所用あって,タクシーで呉中路(上海の西の郊外)に向かう途中,「武装警察病院」の傍を通った。
武装警察とは,その名のとおり警察であって,軍ではないのだが,おそらく特殊な訓練をくぐりぬけた猛者達の集団ではないかと思う。イメージ的には,ゴッツイお兄さん達の集団である。
彼らの任務は,それこそ命がけだろうから,武装警察病院はトップレベルの医療水準を誇る総合病院なのだろうと思って,車窓の外を眺めていると,面白いものが目に入ってきた。
「武装警察美容外科病院」
一体,何をどう美しくしてくれるんだ?
目はキリッと一重に,顎はシャープに鋭角的に,
胸は広く,筋肉隆々と,それこそゴルゴ13のような男前にしてくれるのだろうか。
バカな想像をしてしまったが,一説によると,軍もホテルを経営していたりするそうであるから,警察も多角経営に乗り出しているということなのかもしれない。
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『黙祷』
2008-05-19 Mon 11:17
午後2時28分から3分間,中国13億の民,及び在留外国人が,黙祷した。
曉も,Mコンサルティングのオフィスで,他のスタッフ同様,起立し黙祷した。黙祷の三分間,外では車の警笛が鳴り響く。どうも,各交通機関は運行を停止し,汽笛警笛を鳴らし続けることになっていたようだ。
地震の後,報道の対象は全て地震関連のニュースである。
それだけ今回の地震は大きな災害だということなのだが,今は誰も聖火リレーのことなど口にしない。
各メディアは,毎日,悲劇や美談,英雄談といったものを取り扱っている。義捐金を募る番組も多い。
今回の地震は,M8という大地震で,被災者達には罪はない。全世界的に協力して,窮状にあえぐ人たちを応援しなければならないと思う。曉も幾らかの義捐金を出させてもらった。
しかしである。曉は思うのだ。
なぜ学校の校舎があれほどまでに倒壊したのだと。
可能性ある子供達の未来が一瞬にして奪われる出来事ほど,腹立たしいことはない。今は,少しでも多くの義捐金を集め,被災者達が一日も早くもとの生活に戻れるようサポートする必要がある。
しかし,その一方で,今回の大惨事の一因が違法建築ということであれば,その責任追及は忘れてはならないし,建物の耐震性基準も今後再検討すべきだ。
中国は日本に比べれば地震は少ない。
しかし,過去を振り返れば,26万人の死者を出したとされる唐山大地震を含め,大きな地震が定期的に発生しているのだ。
天災を人災にしてはいけない。これ以上の被害者は,「不要」なのである。
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『四川大地震』
2008-05-15 Thu 11:26
5月12日午後2時半ごろ,四川省成都北部を震源地とする地震が発生した。
報道によると,三日たった現時点において,被災者は1000万人,死者は1万4000人(生き埋め,行方不明者を含めると2万7000人)を超えたということである。
97年の阪神大震災時,曉は京都に住んでいた。
未明に揺れを感じ,目を覚ますと,本棚からペンが転がり落ちてきた。
部屋にTVを置いていなかったので,その時点では神戸で大地震が起こったことなど夢にも思わず,神戸に住んでいたワイフからの連絡で,ようやく事態を知ることになった。
今回も情況は似ていた。
今回の大地震が発生したとき,曉は路上を歩いていた。高層ビルのオフィスはかなり揺れたようだが,路上の曉は揺れを感じなかった。
中国の友人に電話をしたとき,「曉さん,大丈夫ですか?」と言われ,初めて事態を知った。
中国政府の対応は迅速だったようだが,被害があまりに大きい。
報道によると,支援物資が被災者に十分行き届かず,支援物資の奪い合い,或は強奪といった事態も生じているようである。
混乱が生じると,かえって支援物資は被災者のもとに届かず,悪循環に陥る。
今の曉に何が出来るか。とりあえず,僅かではあるが義捐金を出すことにした。
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『徐福伝説』
2008-05-10 Sat 11:22
曉とワイフは,日ごろ親しくしているWさん夫婦と一緒に,午前8時10分発の長距離バスに乗って,慈渓に向かう。Wさんに誘われて,一緒に船山(寧波近くの島)に行くことになったのだ。この船山には中国有数の漁業基地があり,海鮮料理が名物である。
慈渓に向かう途中,突然バスの後輪がパンクした。曉たちは後輪付近に坐っていたので,丁度お尻の下で炸裂音がした。Wさんは叫ぶ「快停車(早く車を止めろ)!」。
添乗のオバちゃんが,近くにやって来て,「そこで音がしたの?そう。なら大丈夫ね。」と言って,運転手の横の自分の席に戻ってしまった。どうも,前輪は1×2だが,後輪は2×2だから,一つタイヤがパンクしても,慌てることはないということらしい。しばらく,ガタガタと走り続け,路肩が広い場所で修理。この修理のために,旅程が1時間半ほど遅れた。
慈渓で,Wさんの友人であるMさん一家と合流し,Mさんが運転する車で,三家族計7人(M家には,可愛い息子あり)の小旅行となった。
曉は初めて知ったのだが,慈渓市には,徐福東渡遺跡村という場所がある。つまり,蓬莱山に不老長寿の薬を取りに行くと言って,秦の始皇帝を騙した徐福が,童子童女800人を連れて,この遺跡村の場所から東の海に航海に出たというのだ。
実は,曉の田舎(三重県)近くの新宮市(和歌山県)には,徐福を祭る場所がある。伝説によると,徐福が童子童女をともなって,ここに辿りついたという。
徐福東渡遺跡村を目の前にし,もしかしたら徐福の血が,この曉の体にも流れているのかもしれないなあなどと感慨に耽ってしまった(といことは,曉はペテン師の末裔か?)。
舟山では,漁港近くの屋台にくりだした。港の岸壁にそって,屋台がどこまでも続いている。ネタはどれも新鮮だ(写真①)。
写真①


店頭に並ぶ魚介類から,調理してほしいものを選ぶと,それをサッと料理してくれる(写真②炎の料理人)。
写真②炎の料理人


最近観光化し,値段も以前に比べて高くなったということだが,二人で200元(3000円),この値段でこれだけ美味しい海鮮料理が食べられれば上等である。
ご馳走様。
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『隠れた名店』
2008-05-01 Thu 12:38
今日は美女三人(一応,ワイフも含めるものとする)と夕食を共にした。
花園飯店(念のため言っておくと,ホテルであって,飯屋ではない。)の近くにある小さい中華レストランである。
名を「蘭心餐亭」という。
とにかく小さい。四人がけのテーブルが六卓しかない。店内には洒落た装飾などなく,学生街にある飯屋といった感じの店である。
しかしである。
店の外は行列。曉達は午後6時に行ったのだが,それでも20分以上待たなければならなかった。曉達が待っている間,外で待つ人はどんどん増える。タクシーや車で客がやってくるのだ。
「タクシー代の方が高いのと違うか?」
と言いたくなるほど,見かけはボロイお店である。
しかし,味にうるさい中国人が押しかける店だけあって,味は抜群である。
特に,マナガツオの餡かけ(甘辛い味噌の餡かけ)は絶品で,魚嫌いのM嬢も先を争って食べるほどである。
これだけ人気があるにもかかわらず,こうした小さな店で商いをするとは,オーナーはきっと頑固な職人気質な人なのだろう,,,などと曉は勝手な想像をして,お店をあとにした。
サービス業も商売なのだが,安易な金儲けに走ると,そのサービスの質は直ぐに低下する。
今日本を賑わす高級料亭などは,その典型ではなかろうか。
見せ掛けに騙されない,本物を見抜く目を持ちたい。そう思う,今日この頃である。
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| 暁弁護士の中国日記 |
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