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『中国の洗礼』
2006-07-31 Mon 11:49
2年前に上海に来た時のことである。
地下鉄に乗ろうと切符売り場の窓口に並んでいた。自分の番がきたので、窓口のお姉さんに行き先を告げ、お金を払おうとしてたところ、いきなり隣から50歳前後のおばさんが割り込んできた。
こちらの手を押しのけるようにしてお金を払い、「○×△♯♯!」(当時は中国語が全く分からなかった。)と大きな声で叫んだ。
さすがにムカッときて、思わずそのおばさんに「おばはん、何をすんのや。おもろいことをしてくれるやないか。」と日本語で文句を言ってしまった。
中国に初めて訪れた人から、「中国人は何故あんなに大きな声で話をするのだろう。」(確かに、地下鉄の中で、喧嘩かと思ったら、ただ携帯で話をしていただけということもあった。)、「バス、タクシーも運転が荒くて、怖かった。」(急発進、急停車は当たり前。昨日乗ったタクシーなど、方向指示器も出さずに、車線変更を繰り返し、一度はバスにぶつかりそうになった。)ということをよく聞く。
かく言う曉も中国にはじめて来た時は、同じような感想をもった。

しかし、慣れというものは怖い。最近はあまり気にならない。
この間も、夜の9時にマンションの下の階で内装工事が始まったのだが、「こんなに遅くまで働いて、大変だなぁ。」と感心する始末である。日本には日本のルールが、中国には中国のルールがあるということである。日本の基準をもって、中国を評価しても意味はない。

先日、友人である律師(中国の弁護士)のL先生と話をしていたときに、彼は「中国人は、切符を買うときにきちんと並んで順番を待った方がいいということを知ってはいる。しかし、現実には、割り込む人が多く、従順に並んで待っていては、いつまでたっても切符は買えない。そうなると、結局皆割り込んで切符を買うということになり、そうした方が賢いということになる。」ということを言っていた。
改革開放以前の中国では、それだけ生き抜くということが大変だったのではないだろうか。自分自身の生存、家族の生存のためには生活に必要なものは人に先んじて確保しなければならない。そうした厳しい生存競争の中で培われた習慣が今も生きているように思えてならない。
日本の社会は今後益々競争が厳しくなっていくことと思う。どんなに競争が厳しくなったとしても、アメリカ流でもなく、中国流でもない、日本独自の美徳というものを守り続けたいものである。
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